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松山地方裁判所西条支部 昭和54年(モ)197号 判決 1987年5月06日

債権者

高橋富美子

右訴訟代理人弁護士

金澤隆樹

東俊一

津村健太郎

債務者

住友重機械工業株式会社

右代表者代表取締役

西村恒三郎

右訴訟代理人弁護士

和田良一

美勢晃一

狩野祐光

河本重弘

佐伯継一郎

主文

一  債権者と債務者間の当庁昭和五四年(ヨ)第一三号地位保全仮処分申請事件について、当裁判所が昭和五四年一一月七日になした仮処分決定はこれを取り消す。

二  債権者の本件仮処分申請を却下する。

三  訴訟費用は債権者の負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  債権者

1  主文第一項記載の仮処分決定(以下「本件仮処分決定」という。)を認可する。

2  訴訟費用は債務者の負担とする。

二  債務者

主文同旨。

第二  当事者の主張

一  申請の理由

1  債務者(以下「会社」という。)は、肩書地に本社を置き、大阪支社、愛媛製造所、名古屋製造所、千葉製造所、浦賀造船所、追浜造船所、玉島製造所、平塚研究所等を擁する我国屈指の総合重機械製造企業である。

2  債権者は、昭和三五年三月高校を卒業し昭和三六年一一月二一日会社との間に労働契約を締結し、以来事務職として、約一七年余りの間外注業務の注文書発行の他、統計などの事務処理業務に従事してきた。債権者の勤務場所は愛媛県新居浜市惣開町五の二所在の会社愛媛製造所であり、また債権者は、右製造所で働く一四名の従業員で組織する全国金属労働組合愛媛地方本部住友重機械支部(以下「全金支部」という。)の組合員であつたが、全金支部はその後新居浜金属機械労働組合となつた。

3  会社は、会社の就業規則第五〇条第三項のやむをえない事業上の都合によるものとして、昭和五四年三月九日付内容証明郵便により、債権者に対し、昭和五四年三月一二日付をもつて解雇する旨の意思表示をして、以後債権者を従業員として扱わない。

4  債権者は、会社の従業員として毎月二五日に賃金の支払を受けており、その解雇前三か月(昭和五三年一二月から同五四年二月まで)の平均賃金は金一五万六九五一円である。

5  債権者は、会社より得る賃金と配偶者が得る賃金をあわせてようやく生計を維持しており、扶養家族は五名であるから、債権者が本案判決確定まで会社からの賃金を支給されなければ生活は全く危たいにひんし、回復し難い損害を受けることは明らかである。

6  したがつて、債権者が債務者に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めるとともに、債務者に対し債権者に金一一九万四八五二円及び昭和五四年一一月以降本案判決確定に至るまで毎月二五日限り金一五万六九五一円を仮に支払うことを命じた本件仮処分決定は正当なので、その認可を求める。

二  申請の理由に対する認否

申請の理由1ないし3の事実は認める。同4の事実中、債権者の賃金の額は否認し、その余は認める。

三  会社の主張

1  解雇に至る経緯

(一) 本件雇用調整の必要性

(1) 会社の目的たる業務は産業機械及び船舶の製造であるが、この業種が本件解雇当時戦後最大の不況に見舞われている事実に関しては、石川島播磨重工、三井造船、日本鋼管、川崎重工、日立造船等世界的規模を誇る同業他社において、等しく雇用調整、人員整理が実施されている事実に徴しても多言を要しない。

すなわち、造船部門にあつては、世界的船腹過剰の状況から受注が激減し、運輸当局からも過剰設備の四〇パーセント削減や三四パーセントの操業短縮等の施策が提唱され、設備の買上機関が設けられようとする状態にある。また産業機械部門にあつては、国内景況の慢性的停滞から内需の伸びがない上、昭和五二年以降の超円高のため輸出においても国際競争力が失われ、この部門でも抜本的経営改善なしには克服できない深刻な危機に直面している。

(2) 会社をめぐる上記の環境事情が、会社の経営にとつて抜きさしならない危機をもたらしたことは言うまでもない。すなわち、船舶では、昭和四八年度を一〇〇とした場合、同五二年度は四五、同五三年度は一二の受注を計上したにすぎないが、しかも船価は四八年にくらベドル建価格で下落しており、ドル価値の大巾下落を考慮するとほぼ半減程度にまで落ちこんでいる。これは、石油危機後の世界的な船腹過剰による需要の激減に加え、中後進国の造船部門への進出により我が国の占める世界の造船シェアが従来の五〇パーセントから三五パーセントに減少するなど我が国造船業を襲つた構造不況が会社にも大きな影響を与えていることに起因していることは言うまでもない。また産業機械においても、主力工場である愛媛製造所の多くの製品が依存している鉄鋼や化学の新規大型設備投資が零に等しい状況であり、自ずと輸出への依存度が高まり、それまで一〇パーセント程度であつた愛媛製造所の輸出比率は、昭和五〇年以降五〇パーセントを超えるに至つていた。こうした経営事情にあつた会社が超円高によつて潰滅的打撃を被つたことは当然である。会社の財務収支は昭和五三年度において約二〇〇億円の実質赤字状態に陥らざるを得なかつた。

なるほど、会社には昭和五三年三月末の時点で過去の蓄積として若干の社内留保等の未実現利益が残存したが、この破局的営業状態及び損益状況に対し即刻対処しない限り、近い将来において社業の存続そのものが危ぶまれる状況にあつたことは誰の眼にも明らかであつた。

会社は、昭和五三年一一月、取り急ぎ経営改善計画を立案作成し、緊急に会社の再建に着手することとした。

(3) 会社の経営改善計画(別表二参照)が以上の経緯から、その主眼点を生産と営業の構造改革、国際競争力を保持し得るコスト・ダウンの諸方策、並びにそれに対処し得る社内人員構造の改善においたことは言うまでもない。右計画の骨子は、昭和五五年度において会社の収支が均衡を得ることを目標として、企業にとつて必要かつ可能な基準売上高を設定し、これを基礎に収支の均衡を確立すべき企業努力の大綱を掲示した点にある。

計画の基準売上高は、二一〇〇億円という数字であつたが、これは昭和五二年度の売上高二七六七億円を基礎に、景況の動向、経済産業構造の変化とそれに対応するための会社の生産、営業構造の改善、コスト・ダウン方策の結果等を見込んで設定した売上高である。会社の計算によれば、現在の景況では昭和五五年度に至る間の三年間の累計赤字は八四〇億円ということであつたが、会社には未実現利益が約三〇〇億円あつたから、これを差し引いた残り約五四〇億円が、この計画達成によつて改善さるべき額であつた。会社は、そのうち約三八〇億円をコスト・ダウンと販売価格の改善で達成しうるとみたが、残る約一六〇億円については固定費の削減等によつて捻出する以外方法はなかつたのである。

前述した基準売上高二一〇〇億円という計画からすれば、会社の財務構成上これに必要な資材、外注費等の変動費が七三・四パーセント、減価償却、利子、人件費を除く固定費の合計で一一・五パーセントという計算になるから、許容される人件費は一五・一パーセント、三一七億円になり、財務的には許容人員八三四二名ということになる。

一方、来たるべき経営改善計画では、営業や生産の構造改革がもくろまれ、造船等の不況部門の大巾削減(五二年度の売上実績九八八億円に対し、三〇〇億円目標に削減)や、産業機械部門でのソフト化、エンジニアリング指向等が構想されていたから、これを達成するため必要な人員目標は、会社各部門別に具体的な工数計算がなされ、下から必要な人員数として積み上げられてゆく必要があつた。会社は、この部門別の事業所における必要工数の算定とそれに要する人員数を検討し、数次にわたる修正の後、部門別人員の算定を実施したが、その結果全社八四九五名の人員体制を構想し、これによつて年間約七三億円(金利をふくめ五四、五五年合計一五八億円)の経費の削減をはかることとした。

会社は、以上の経営改善計画の内容及びそれに伴う社内稼働人員計画については、昭和五三年一一月、企業内の各労働組合に提示したが、これによれば社内稼働人員目標は次のとおりである。

船舶海洋本部 一九〇〇名

愛媛(玉島鋳鍛を除く) 二三一〇名

玉島(玉島鋳鍛を含む) 七一六名

そ の 他 三五六九名

言うまでもなく本件雇用調整は、この新稼働人員体制を作るため余剰人員一九〇〇名の削減を目指して実施されたものである。

(二) 会社の危機回避のための企業努力

(1) 会社は、以上の経営改善計画の立案に先立ち、経営環境の悪化と、これに伴う企業危機に対処するための諸方策の実施に鋭意努力してきた。すなわち、

① 昭和五二年九月に社長の諮問機関として「体質強化委員会」を設置し、雇用維持、アイドル防止をはかることを中心に経営全般にわたる施策を強力に推進することとした。

② 最重点の課題は、仕事量の確保、受注確保である。建設機械、プラスチック機械、変減速機械等の標準仕込機械や橋梁など相対的に需要環境の明るい部門に対し営業力強化のための人員の傾斜配置、代理店網の整備、サービス体制の強化等を実施した。その結果、昭和五二年下期、同五三年上期と精一杯受注の伸びをはかることができた。また国内設備投資の不振による国内機械需要の停滞を補うため、輸出関係の営業人員の増強に努め、機械部門の輸出受注確保をはかつた。

③ 船舶や舶用原動機については、極めて過酷なマーケットの状況で受注しても大巾赤字は避けられないような市況であつたが、仕事量確保の観点より、やむなく赤字受注を断行した。その後の円高の進行、過当競争の激化等から機械部門においても、雇用の維持をはかるため出血を覚悟した受注を余儀なくされた。可能な限界まで雇用の完全維持を念願したからである。

④ また中小企業的な専門体制にすることにより、より仕事量の確保をはかり、結果として雇用機会が得られることを意図して、新規事業のための会社設立を行つたが、その主なものは、住重横須賀鉄工株式会社、住重岡山エンジニアリング株式会社、住重名古屋エンジニアリング株式会社、住重エンジンサービス株式会社、住重技術サービス株式会社等である。

⑤ その他事業所間の繁閑を調整するため仕事の融通を実施した。更に社内の設備投資を大巾に圧縮し減価償却費の軽減をはかつたり、遊休資産の売却、棚卸資産、売掛債権の回転率の向上等金利負担の軽減努力を行つた。また部門費予算を大巾に圧縮し、あらゆる面で諸経費節減を行い人件費以外の固定費圧縮に努めたことはもちろんである。

(2) 特に人員削減を伴う雇用調整については、極力これを避ける方針で、既に景気の下降が明らかとなつた昭和五一年以降において、大要以下のような諸施策を実施してきた。

① 新規採用を中止し、減耗人員については補充しない方針を堅持した。このため、在籍人員は昭和五一年三月一万三〇四四名から同五三年三月には一万二一八二名へ減少している。

② 昭和五二年一〇月以降、会社的な規模での人員の配置換えを実施した。不況部門から好況部門への配置転換や応援派遣を行い、更に従来下請に外注していた作業を可能な限り社内に取り込み雇用量の造出を行うとともに、これに伴う職種転換も実施した。また系列関連企業への出向、応援等で社内過剰人員の吸収をはかつた。昭和五二年一〇月からの一年間で、右の実績は、他事業所への転勤七一五人、所内での配置換二〇三四人、出向、派遣五一五人、事業所間応援は毎月一四〇人に上つている。

③ 役員報酬の削減と賞与の不支給、管理職へのベース・アップ及び定期昇給の中止、並びに賞与と給与の一部カットの方策により人件費の削減をはかつた。

④ 昭和五三年一〇月以降は、船舶部門で同五四年二月まで毎日一二〇名の教育訓練帰休を実施し、機械部門では同五三年一〇月から年末までは毎日八〇人の臨時休業を実施した。

⑤ 昭和五二年一一月から翌五三年三月の間、管理職の勇退を求めたが、これにより会社全管理職の三〇パーセントに当る約二五〇名が退職した。

(3) 昭和五三年一二月からは、同五四年一月二四日に至る間、前記八五〇〇名体制を実現するための第一段階として、先に提案した転職退職者優遇制度(退職金割増制度)を自己都合退職にも適用すること等により退職者を誘引造出する措置を講じた。この措置により会社で一六七名が退職を申し出た。

(三) 本件雇用調整実施に関する組合との協議

(1) 会社は本件雇用調整については組合の合意を得、労使協力の下に円満に遂行したい意向であつたから、企業内に存在する四つの労働組合にこの雇用調整の趣旨、規模及び会社が考える実施方法について提案し、昭和五三年一一月一〇日以降これと十数回にわたる協議を重ねた。この間、会社は組合に対し本件雇用調整の必要性に関する全資料を開示した上、その意見を容れて、まず雇用調整の実施時期を大巾に延期したほか、後述する退職に関する基準の内容、退職条件、雇用調整の推進方法等多くの点に関し譲歩し、住友重機械労働組合(以下「住重労組」という。組織人員一万〇二六五名)とは合意もしくは会社の方針を尊重するという了解を得て実施に入つた。

しかし企業内に存在した他の三つの組合である全金支部(組織人員一四名)、全日本造船機械労働組合浦賀分会(以下「浦賀分会」という。組織人員二〇五名)及び同労働組合玉島分会(以下「玉島分会」という。組織人員九九名)(以下これら三組合を「総評系三組合」という。)とは合意に達することができなかつた。すなわち総評系三組合は、今回の危機に対処する本件雇用調整は会社の経営状況から必要性がないものとして、調整実施そのものを争うという主張で、専ら雇用調整に関する会社提案の白紙撤回を求めるという態度であつたから、当然の結果としてその実施方法、退職基準等の細部については合意をみることはできなかつた。しかし会社はこの三組合とも住重労組同様、一〇回を超える団体交渉を開き、会社提案のすべてについて説明し、その意見を徴し尽した後に雇用調整の実施に入つたのである。

(2) この労使協議全般を通じて、組合から会社に対し要求された点は、ひとつは雇用調整の必要性は認めるとして、その減員目標人員を極力削減すること、実施方法として能う限り指名解雇を回避すること及び退職者に対する条件を最大限優遇せよという三点であつた。

言うまでもなく経営改善計画の社内稼働人員八五〇〇名体制がぎりぎりのものである以上、削減目標を大巾に削減するためには、社外関係会社への出向、応援、配転等の枠を拡大すること以外に方法はないが、会社は前記の危機対策の段階でこの社外に雇用量を造出するという手段については、ほぼ最大限の努力を尽くしていたのである。会社はあらためて事業所、部門毎にその可能性を検討した上、昭和五三年一一月一一日以降同五四年一月二四日までの退職者が約三五〇名あつたことと、今後に発生を予想される自然減耗等の減量要因を最大限に見積つて、この組合要求を受諾することとした。従つて、昭和五四年二月一日各事業所において掲示した削減目標は、その必達を期さない限り経営改善計画そのものの遂行を不可能とするという極限の数値であつたのである。全社的には経営改善計画の削減目標一九〇〇名が一二〇〇名となり、その後昭和五三年一二月一日から同五四年一月二四日までの退職数を差し引き一〇三三名となつたが、愛媛においては計画での削減目標四一九名に対し、この組合要求に対する譲歩によつて、その後の退職者を差し引き一九四名が削減目標となつた。

(3) 指名解雇の最大限回避という組合要求については、前記企業内四組合が等しく主張した点であつた。

会社は、雇用調整にあつては、目標稼働人員体制を確立するため、目標に対する余剰者の退職を求めることとなるが、この余剰者の選定については企業秩序と士気の保持のためにも公平、平等であることが求められると同時に、雇用調整を完了した再建会社にあつては、少数精鋭をもつて来たるべき難局に対処すべき強い必要性がある。このため経営社会にあつては昭和二〇年代以降の経済危機において実施した人員整理、もしくは雇用調整において、いずれも退職者の基準を設定し、これを尺度として人員整理を実施してきた。

そしてその基準の内容としては生産性貢献度の低い者、高令者等が優先退職順位となり、次いで別異な観点から、共稼ぎもしくは他に収入源があつて退職による打撃の少ない者等が選定されるのが一般である。いずれもこの企業目的に沿い、かつ平等の趣旨に反しない限り適法のものであることは言うまでもない。会社はこの趣旨から別表一の「勇退基準」を作成し、これをもつて本件雇用調整における退職者選定の基準とすることを考えた。この基準第一類型は社内の平等のため、余剰人員の有無を問わず各事業所一律に適用されるものである。

会社は、組合との本件雇用調整の実施に関し協議した際、以上の考えからその「削減目標の必達」を期すべきことを申し入れた。しかし、前述のとおり組合は指名解雇を極力回避すべきことを強く主張した。かりに勇退基準による指名解雇を回避することともなればこの会社方針は大巾に変容され、退職者はまつたく無原則的に応募することとなる上、経営改善計画で策定された削減目標を達成し得るか否かについても何らの保証もないことに帰着する。会社は、この点に関し、組合と協議を重ね、結局本件雇用調整の実施に当たつては、勇退基準をあらかじめ組合に提示し、かつ該当者本人にその事実を知らせ、協力を求めるという方法によつて目標未達を避けること、退職募集期間において削減目標が未達となつたときは、その未達の処理についてあらためて組合と協議するという運用方針を提案したが、住重労組がこれを了承し、会社としては、これを本件雇用調整実施のルールと定めて昭和五四年二月一日から同九日まで退職者の募集を実施したものである。

すなわち会社は、この住重労組との了解に基づき、募集期間内に未達を生じた場合といえども、直ちに必達を期して指名解雇を実施するとする当初の方針は留保したが、その際も経営改善計画にある社内稼働人員を確立することを当然の前提として、その達成のため目標未達の処理について組合と協議すべきことを約定したのである。

(4) 会社は、社内人員の九七パーセントを占める住重労組との合意を前提として、これを規範として雇用調整を実施したのであるが、債権者の所属する全金支部は、この雇用調整の実施に同意していない。言うまでもなく、経営の危機に際して労働契約の存続が不可能となつた場合、これを解消し得ることは就業規則に明定され契約の内容となつているところであるから、契約解消もやむなしとする経営事情が客観的に存在する限り、会社の行う雇用調整解雇を違法とすることは許されない。

(5) 会社は、組合の主張であつた退職者の退職条件に関しては能う限りの優遇措置を講じ、結局住重労組とは合意した。右の退職条件の内容については、退職の際支給される賃金は最高一六〇〇万円となるなど、同時に雇用調整を実施した重工他社との比較においても最高位にある。またこれとは別に会社は退職によつて収入の道がなくなる結果を避けるため、住友グループ内系列各社をはじめとして広く他企業に協力を求め、再就職あつせん制度を設けたが、愛媛製造所については四八社一二四名の枠が調整のための退職募集当時までに用意されていた。債権者に対しても退職の説得の際、この制度の運用により会社の給与と大差ない再就職先が同人に提供された。すなわち本件雇用調整の実施においては、退職によつて直ちに収入の道を失なうという結果は、会社の配慮によつて現実に回避されていたのである。

(四) 愛媛製造所における雇用調整の実施

(1) 前述したとおり愛媛製造所においては、全社統一方針に従い、その削減目標を一九四名として昭和五四年二月一日から同九日まで、退職者の募集を実施した。愛媛製造所では、基準第一類型該当者は、一一四名であり、これが全員退職に応募しても目標未達であることは明らかであつたが、とりあえず、この期間におけるその余の一般勇退者の応募状況を勘案しながら、第一類型該当者を中心に、その該当の事実を告げ、会社として本人の退職を希望する旨を説明し、退職の意向について打診した。結局、この期間においては、退職申出が一七九名あり前記目標に対する未達は一五名となつたが、基準第一類型該当者は、五名を残しすべて退職の申出をした。

(2) 目標未達は、愛媛製造所の一五名のほか、全社で相当数に達したが、前記組合との協定では、この段階で未達の処理について組合と協議すべきことになる。

会社は、この退職募集期間の応募結果を分析した結果、その後の未達の処理については、経営改善計画の趣旨に反しない程度で事業所毎に、その責任において判断して処理することが最適であると判断し、これを事業所に提示した。すなわち、本件雇用調整においては、横須賀地区のように大巾な削減目標を掲げて、これを実施したところもあり、その応募状況も事業所毎に区々であつた上、未達の処理に当たつては、退職による方法を避け、出向、配転等によつてこれを達成する可能性も探求すべきであるが、事業所毎にその実情は、異なるところがあつたし、雇用調整の実施という非常手段をとる際には、事業所の所在する地域に対する影響やその反応も無視できないものがあると考えられたからである。

(3) 愛媛製造所では、この会社方針に基づき、その後の目標未達の処理方法について、事業所において決定することとし、まず協定の趣旨に従い所内両組合(住重労組、全金支部)と協議した。

その結果、愛媛製造所の未達は、一五名という少数であり、さらに追加募集を実施していたずらに事を長びかせるのは、所内の士気や秩序にも影響があると考えられたことから会社は、二月一九、二〇日の両日、基準該当者を対象として、その応募を求めることを提案して、組合と協議した。そして基準該当者の範囲は、最終的には、第一類型該当で残存する者(五名)及び第二類型第一順位該当の残存者(三名)に限定することとし、なお残る未達分については、その応募を保留して余剰人員は出向等の他の方法で処理することとした。

すなわち、会社の検討によれば、この未達をすべてなくするためには、第二類型第二順位(一二名)までを対象として、退職の説得もしくは、最悪の場合、指名解雇を行うこととなるが、この第二類型第二順位は、病気欠勤中の者であり、その多くは、入院治療中であつたから、退職しても再就職は、不可能であつた。組合からも強い反対があつた上、監督官署からも、これに対しては、保留すべきとの意見があつた。結局会社は、この順位については、最終的に退職対象とすることを保留したのである。

(4) 会社は、先の一九日、二〇日の募集期間を改めて、二一日、二二日の両日としたが、その間、四名が退職を申し出、対象とした基準該当者で残る者は四名(第一類型、第二類型第一順位各二名)となり、目標未達は一一名となつた。

しかし、第一類型該当の二名は、折から公傷のため、一名は休業して入院加療、一名は通院加療中であつたから、これを退職とすることは保留して、結局残る第二類型第一順位該当者の二名に対し、退職の説得に当たることとした。この二名は、組合所属を異にし、一名は住重労組、一名は全金支部に所属する者であつたが、会社はこの二名に対する説得の措置についても両組合と協議した。住重労組は賛成し、全金支部は反対した。説得の結果、一名は退職に同意し、一名(債権者)は、結局これに応じなかつた。

2  解雇理由

そこで会社は、この雇用調整の目標を達成し、かつ、基準該当者の処遇を平等公平に実施して人事の公正を期するため、適用基準に該当した債権者との雇用契約を存続することが経営として不可能であると判定し、同人を解雇したものである。すなわち、債権者は明らかに右基準に該当しながら、ひとり退職に応募しなかつたものであるから、これを残留せしめることは著しく公正に反し、会社の窮状を了承して、それぞれ犠牲を甘受して退職に応募した者との関係においても、また社内に残留して今後の困難な社業の遂行に従事する者との関係においても、今後の社内人間関係に払拭できない禍根を残す結果となることは避けられない。会社は、大要、以上の理由から会社の一般解雇の条項を定めた就業規則第五〇条第三号「やむを得ない事業上の都合によるとき」を適用して、債権者に対し解雇の告知をしたものである。

債権者が会社の作成した勇退基準第二類型第一順位に該当する者であることは、会社の調査及び同人の会社に対する申述によつて明らかであるが、同人は、その配偶者が一流会社(住友化学工業株式会社)の正社員として家族を扶養する十分の収入があつたから、右第二類型第一順位「社外共稼ぎの者で配偶者の収入などで生計が維持できる者」の趣旨に合致する者であつた。また会社は本件雇用調整の実施に際しては、多額な退職条件を設けてあるほか、再就職あつせんの制度と機構を設け、退職によつて直ちにその収入の道を失う結果となるような事態は、あらかじめ回避する措置をとり、現に債権者に対しても月額収入約一三万円という同人が会社において得ていた収入と大差ない再就職先を準備して、同人の退職を求めたものであるから、同人の生活上の不利益はほとんど発生しないのであり、同人もそのことは認めていた。

一方、債権者の従事していた外注注文書作成の業務は、早くから電算機の導入等によつて著しく単純化し、その仕事量も次第に減少し、今後においても一層縮少することが予想されるものであつたから、その段階で同人を右基準の適用から除外して社内に残存せしめる必要性は全くない状態であつた。

したがつて基準該当の事実が明らかな債権者が、他の該当者とは別にこの雇用調整の対象から外されるべき理由も一切存在しなかつたのである。

四  会社の主張に対する債権者の反論及び主張

1  整理解雇の有効要件について

整理解雇は、労働者が労働契約によつて取得し、継続してきた従業員としての地位を労働者には何らの責任がないにもかかわらず一方的に失わせるものであり、その結果当該企業から支給される賃金のみによつて生存を維持している労働者及びその家族の生活を根底から破壊するものである。

したがつて企業は、当初から好景気の時もあれば不況のときもあることは予想されているのであるから、たまたま不況で経営不振に陥つたからといつて労働者を不景気対策の安全弁として直ちに解雇することは許されず、整理解雇が有効とされるには次の要件すべてが満たされねばならない。

① 整理解雇を行わなければ、企業の維持、存続が困難となり、倒産等回復し難い損害、打撃を被る程度に差し迫つた必要性があること。

② 企業全体として経営危機打開のためのあらゆる物的(資金導入、新規取引先の開拓、遊休資産の売却、内部留保、各種引当金等の取崩し等)、人的(配置転換、一時帰休、任意退職募集、時間短縮、有給休暇の完全消化の奨励等)手段をとつた後の整理解雇であること。

③ 整理解雇の必要性(右①②の事情を含む。)、時期、規模、解雇基準の定立内容とその適用について労働組合及び労働者と十分協議し、納得を得る手続を取つたこと。

④ 整理解雇基準自体及びその適用としての人選の仕方が客観的、合理的なものであること。

本件の債権者に対する会社の整理解雇は右要件すべてが満たされておらず不当、違法、無効であることは明白である。

2  整理解雇の必要性、緊急性の不存在

(一) 昭和五三年度及び昭和五四年度の受注(売上高)は、昭和五一年度の二五〇二億円や、昭和五二年度の二七六六億円に比して、一九一九億円及び二二五〇億円とかなりな低下があり、営業利益も、昭和五三年度が二七億円の赤字になるなどしている。ところが、経営改善計画立案時には予測が可能であつた昭和五五年度の売上高は二六三五億円(営業利益は七六億円)であつて、昭和五三年度の業績を十分補填出来る状況であり、昭和五三年度から昭和五五年度までの実績をみてみると、差引き合計で約五七億円の営業利益を計上している。したがつて、右の三年間という期間をみただけでも十分に収支は合うのであつて、会社が経営改善計画の前提とした不況や経営危機は存しなかつたというべきである。

(二) 会社は本件解雇前の一〇年間で資本金を七一億円から二二一億円へ売上高も九〇四億円から二七六七億円へとそれぞれ三倍に増やして来たし、経常利益では四九年度三六億円、五〇年度九八億円、五一年度一三五億円、五二年度六二億円と飛躍的に伸ばしているのであるから、会社における内部留保は巨大な額に上つている。内部留保とはまず各種引当金(準備金)であり、次に資本勘定の剰余金(法定準備金と剰余金)であり、それに延払利益繰延金その他含み利益である。

会社の昭和五三年三月三一日決算についての有価証券報告書の内引当金合計額は金三一六億〇八〇〇万円である。その内例えば価格変動準備金は赤字の場合には積み立てることの出来ないもので、現実に日本の企業でこれを積み立てているのは三分の一程度にすぎない様に、特定引当金を設定するかどうかは企業の自由にゆだねられている。会社は、しかも税法が認めている繰入限度額いつぱいに引き当てているので、これは極めて余裕のある経営状態であることを示している。

次の内部留保項目たる資本勘定の剰余金と延払利益繰延金であるが、前者は二九五億七四〇〇万円、後者は一七三億二四〇〇万円であり、計四六八億九八〇〇万円となる。この内延払利益繰延金が直ちに使用可能な内部留保金であることは会社も認めているところである。前者の内、法定準備金については、資本の欠損の填補に充つる場合の外には使用することのできないものであるが、任意準備金(剰余金)にはそのような制限は何ら存しない。会社が人員整理をしなくては存立を危くさせられるが如き切迫した状況を呈しているかどうかを判断しなければならない本件において、これら法定任意の各準備金の額を内部留保として算出することは当然のことである。

その他の内部留保として会社が自認しているのは、仕掛品中損失処理をしたもの五〇億円、株式含み益約二四億円及び横須賀工場の売却見込益三〇億円、計一〇四億円である。しかし、客観的に会社の保有する株式の含み益は一二七億円であり、他に円高による為替差益二五億円のあることは会社も認めている。更に有形固定資産の二〇パーセント近くが土地であるが、これはもちろん取得価格での記載であるから、この含み益は極めて大きい。土地の含み益は一二二二億円程度存することも明らかである。したがつて、このその他内部留保、含み利益等の合計は一四二四億円である。

したがつて、以上の内部留保、含み利益等の総合計額は二二〇九億〇六〇〇万円となり、これは資本金の一〇倍余りにも上る。

(三) 会社の策定した経営改善計画に言うところの二一〇〇億円の基準売上高、八五〇〇人体制については、企業として生き残るためにそのような体制の形成が必要であることはなんら示されていない。

まず、基準売上高の設定であるが、昭和五三年度から昭和五五年度までの売上高の実績は平均約二二六八億円である。この三年間の売上高は、会社においてその営業の常態からすれば十分に予測し得たものであるところ、計画では二一〇〇億円の基準売上高を設定し、これにより人員削減の数字をはじき出している。しかし、このような低い売上高の設定の仕方は、当然削減される労働者数を多くするものにほかならない。この時点で、もつと高い売上高の想定はできえたのであるから、より労働者に厳しくない方向での設定をすべきであつたというべきである。

また、八五〇〇人体制は、空前の利益を上げた昭和五二年度の売上高を基準として、労働者一人当たりの売上高を算出し、前記基準売上高に見合う人員を割り出し、その他の要素も加味して計上したものであるが、不況を予測するときに、大きな利益をあげた年の実績を基礎にして、削減目標人員を決めるとすれば、それが労働者に過酷を強いるものであることは明らかである。会社としては、不況を乗り切るに当たつて、労働者に対し、より過酷を強いない方法で、合理化計画を策定すべきであり、もしかりに労働者削減の目標を設定するのであれば、不況時を乗り切るにふさわしい、労働者により苦痛を与えないような一人当たりの売上高を設定すべきであつたのに、会社は、これをせず、反対に労働者にもつとも苦痛を強いる算出方法でもつて強引に人員整理を押し進めたのであつた。

会社は、経営改善計画に基づいて人員整理を行つたのであるが、昭和五四年始めには、向こう二、三年間の売上予想は十分に出来る状況であり、その実績は前記のとおりであつて、二一〇〇億円の基準売上高の額を大幅に上回り、好況に転じることが確実に予見され得るようになつていたことは、十分推認される。そうだとすれば、労働者に過酷を強いる経営改善計画に基づく人員削減目標について当然、これを見直し、目標をより緩和するとか、目標達成をより長期化する等の方法を取るべきであつた。ところが会社はこれをせず、ごく短期間のうちに計画を実施し、すでにその時点では、そうしなければ経営危機を回避できないという事情も存しなくなつているのに、昭和五四年三月に、債権者を含む一八名(愛媛地区一名と玉島地区一七名)を指名解雇するに及んだ。すなわち、本件解雇は、すでに整理解雇の必要はないのに、また、計画の目標を達するために、いま一度経営見通しを検討し直し、削減方法をより緩和する等(自然退職等を待つ等)の労働者により過酷でない他に取り得る方法が考え得たにもかかわらずなしたものと言うべきである。

したがつて、会社の債権者に対する本件解雇は、その根拠とした経営改善計画自体が合理性を有しないうえ、その実施手続についても権利の濫用と言うべき違法が存するのである。

また、経営改善計画実施期間以降の業績の推移をみてみると、昭和五六年度及び昭和五七年度は、売上高は、二八一六億円及び二九四〇億円、営業利益は一七〇億円及び一五五億円であつて、順調に業績は回復し、決して会社の言うような構造不況ではなかつたことがうかがえる。

(四) 会社愛媛製造所において、希望退職募集目標一九四名に対し一八三名が既に応募しており、残りわずか一一名が退職しなければ、同製造所での製造事業が継続できないという訳ではない。会社全体においても目標一四五〇名に対し残りわずか約四〇名まで到達している。

昭和五四年三月一三日正午現在までに、会社は、横須賀地区においては四六名も残して退職強要を打ち切り、玉島地区においては未達成人員二一名中玉島分会の一八名に対し、債権者と同様の解雇通知をしてきたが、同地区で勇退対象者とされている残り三名については解雇等の処置は何らなされていない。このように会社は、その目標人員に到達せずに今回の整理を終了しようとしており、当初の目標人員数に到達しなければ会社が倒産する程切迫したものではなかつたといえる。

会社は、今回の整理について、各地区ごとに目標を定め、地区内の従業員によつてこれを達成しようと考えてきた。そして各地区の達成率は横須賀地区九二・九六パーセント、愛媛地区九四・八四パーセント、玉島地区八一・五七パーセント、その他一四三・六六パーセントとなつている。その他の地区(千葉に全金組合員が一名いるのみで総評系組合は事実上存在しない。)を除けば、愛媛地区は達成率としても高いといえる。そして愛媛地区が一般産業機械、運搬機械設備、電機製品等(愛媛新居浜工場)、及び大型鉄工構造物(東予工場)を主として生産するのに対し、横須賀地区は不採算部門の造船関係が中心である。しかも愛媛地区においては、現在まで対象者一〇名に対し、解雇したのは債権者一名のみである。目標の九四パーセント以上を達成し、残りわずか一〇名の段階で何故に、債権者一名のみを愛媛地区において解雇せねばならないのか全く不合理といわねばならない。

(五) 会社の自然減員は、愛媛地区で昭和五二年度合計六二名(月平均五・一名)、昭和五三年度合計八七名(同七・四名)であり、愛媛地区の未達一〇名は通常二か月の自然減で達成しうるといえる。従つて単に一名にすぎない本件解雇も、債権者を解雇するまでもなく自然減でも十分にカバーできるはずである。

(六) 会社は、昭和五四年四月には、債権者らに対する解雇をなす一方で、少なくとも一六名の新規採用をしているが、これは債権者に対する解雇の必要性がなかつたことを推認させる。なお会社は、本件人員整理を行う一方で左のような新規採用を実施している。

昭和五三年四月 二二人

昭和五四年四月 一六人

昭和五五年四月 二〇ないし三〇人

昭和五六年四月 二九三人(うち愛媛は六一人)

昭和五七年四月 四〇四人(右同一一八人)

債権者らを人員整理のためと称して解雇する一方でこのような新規採用をするのは明らかに使用者と労働者の間にあるべき信義誠実の原則に違反するものであるが、それはともかく、この事実は、解雇の必要性の欠如を意味するものに他ならない。

会社は、昭和五三年及び同五四年の採用について技術の継承の必要性を主張するかのようであるが、技術の継承ならば何も大量の労働者の首切りを行うさなかに、新規採用をしなくても、後日の雇用や適切な人員配転によつても可能であることは、会社のように八五〇〇人以上もの従業員を擁する大企業にあつては容易に推認できることであり、整理解雇をされる労働者にとつては、とうてい納得のできない信義違背であり、合理的理由とはならない。

3  経営危機打開のための努力の欠如

(一) 債権者に対する解雇以前に、希望退職者を募集すれば、応募者の存在する可能性があるにも拘らず、一般者を対象とした希望退職募集は、第一次のみ施行したにすぎず、第二次、第三次は、特定の限定された者に対してのみ、なされており、会社として努力を尽くしていない。

(二) 前記のように内部留保等の蓄積があるにもかかわらず、これを取り崩し、その間に再建を図ろうとする努力がみられない。遊休資産も多数保有しているのに、積極的に売却する努力もみられない。

(三) 時間短縮や有給休暇の完全消化により相当数の雇用創出ができるにも拘らず、会社は何ら努力しておらず、かえつて無支給の残業をさせている現状である。

4  債権者及び全金支部の納得の欠如

(一) 会社は、本件において希望退職募集基準につき、何ら全金支部と協議することなく、一方的にこれを設定し、退職強要を行い、また同基準を理由として解雇を強行しており、このような会社の態度は、労使間の信義則にも反するものである。

(二) 会社は昭和五三年一一月一三日人員整理を含む「経営改善計画について」と題する書面を配布し、さらに同年一二月一四日勇退基準を内容とする申入書を提示し、全金支部や住重労組と協議中にもかかわらず、直ちに職制による個別の退職強要を公然と行い、全金支部の中止要求にも耳を貸さず、一挙に一七九名の退職者を生み出した。さらに第二次募集からは、合理的説明なしに一方的に募集対象者を限定し、実質的な指名解雇に切りかえてきた。債権者についても全金支部は干渉をやめるように要請したにも拘らず、会社は、様々な職制を使つて、退職を強要し、昭和五四年三月一二日付をもつて解雇する旨通告してきている。このように会社は、全く誠意をもつて全金支部や債権者と協議せず、十分納得させる資料を積極的に提供したわけでもない。会社は、全金支部、債権者に対し、整理の必要性、基準、手続過程のすべてにわたり、債権者及び全金支部が客観的に納得しうる努力も怠つている。

5  本件整理解雇基準及びその債権者への適用の不合理性

(一) 希望退職者募集基準(勇退基準)は、一方的に会社により設定されたが、その内容も第一類型(3)⑥「勤労意欲に欠け、業務に不熱心な者及び勤務成績不良な者」と、極めて会社の恣意的、主観的な基準が存在する。また第一類型(3)の但書「改悛の情著しい者は除く」及び第二類型第一順位但書「業務上必要な者を除く」旨の基準も主観的で不合理であり、その適用をまつたく不合理にするおそれがある。

(二) 債権者に対する本件解雇の唯一の理由とされている第二類型第一順位「共稼ぎの者で配偶者の収入で生計が維持できる者及び兼業又は副業があり、もしくは財産の保有など別途の収入があり、退職しても生計が維持できると判断される者」も会社にとつて、兼業、副業、別途収入の有無やその実態、退職後の生計維持の可否につき全従業員の資料を正確に把握することは不可能といえ、何をもつて判断するか極めてあいまいである。

(三) 債権者は勇退基準第二類型第一順位の「共稼ぎの者で配偶者の収入で生計が維持できる者及び兼業又は副業があり、もしくは財産の保有など別途の収入があり、退職しても生計が維持できると判断される者」に該当しない。すなわち、債権者の家族構成は、夫の父母、夫及び子供三人の七人家族であり、昭和五三年一月から五月の平均支出は月約二七万五〇〇〇円であるところ、家計収入は、債権者の収入が断たれると義父の年金収入を入れても月二〇万九〇〇〇円にしかならない。右の平均支出は、冗費があるとは考えられず、標準生計費と比べてみても家族七人がごくつつましく生活して行くための必要最低限度と言つて良く、他にいわゆる本家としての支出、交通費、小遣い等、その他の臨時支出があり得ることを考えれば、債権者の収入なくしては生計が維持できないこととなること明らかである。配偶者たる夫の収入は、手取り月額一二万九〇〇〇円しかなく、とうてい配偶者の収入では生計を維持できない。

会社は、債権者の夫が一流会社の正社員であることを強調するが、同人は、勤務会社において長年にわたる賃金差別を受け、本件解雇時には、妻である債権者の手取収入より少ない給与収入しかなかつたのであるから、債権者の家計にあつては、配偶者である夫よりも債権者の給与収入の道が断たれることのほうが打撃がより大きいのである。右事実は、会社に多少の債権者に対する誠実さがありさえすれば容易に判り得たことである。したがつて、債権者は右の勇退基準には該当しないので、これに該当するとして、会社のなした本件解雇には合理的理由がなく違法である。

(四) さらに、右第二類型第一順位の具体的適用も極めて不公平で主観的であり、しかも女性を差別するものである。すなわち、右基準に該当する者は男女を問わず、会社従業員には多数存在するにも拘らず、会社は対象を共稼ぎ女子労働者のみに限つており、現にこの基準によつて退職させられたのは、全部女子労働者である。このような基準の適用は、憲法一四条、労働基準法三、四条の精神に反するものである。

もともと会社は、第二類型第一順位については、端的に、有夫女子労働者を対象として設定する意図を有していたものの、そのような直截な基準では、有夫女子労働者に対する差別として争われることをおそれ、「共稼ぎの者で配偶者の収入で生計が維持できる者」という一見男子労働者をも対象とするかの如き基準を設定したものである。会社は、その適用に際し全社的に共稼ぎ男子労働者に対し、当該労働者の妻の収入で生計維持可能か否か調査していない。また共稼ぎ女子労働者が夫の収入で生計維持できるかどうかの調査もしていない。適用にあたつては、ただ共稼ぎ女子労働者であるということだけのゆえに、対象とされたものであり、本件解雇は無効である。

(五) 会社が、債権者を第二類型第一順位に該当するとして整理の対象とした時点では、横須賀地区の全造船浦賀分会で三二名、玉島地区の全造船玉島分会で二名、同盟住重労組で一名、合計三五名が勇退基準第一類型に該当し、債権者より、優先する状況にありながら退職しないままであつた。このような状況のもとで、債権者を整理の対象としたこと自体、勇退基準の実施上の合理性に欠け、まして、解雇の措置をとつたことは、解雇権の濫用であつて違法というべきである。

(六) 昭和五一年五月全金支部組合員に集団で暴行を加えたとして起訴され、本人自身もこれを認め、罰金に処せられている者が三名おり、明らかに右基準第一類型(3)①本文「過去五年間(昭和四八年一一月以降)に減給又は出勤停止の懲戒処分を受けたことのある者」に該当するにもかかわらず、会社は、右基準を適用していない。

昭和五二年一〇月一三日右三名(池西桂一、高橋孝年、池永巧)につき、罰金刑の略式命令がなされ、同人らはこれを争わず確定している。会社の就業規則第七一条によれば懲戒には、譴責、減給、出勤停止、諭旨解雇及び懲戒解雇の種類があり、同第七四条第一〇号には「刑法犯に該当する行為があつたと確認されたとき」には「懲戒解雇に処する。但し、情状により、諭旨解雇、出勤停止又は減給にとどめることがある。」と規定されている。右三名が未だに解雇されていないことは明白であるが、少なくとも出勤停止又は減給処分を受けねばならないはずである。すなわち、被害の実態、加害者が集団で少数の者に、白昼、会社構内で暴行を加えたこと、その結果会社の名誉も傷つけていることなどからすれば、その情状は重いといわねばならず、また右暴力事件についての損害賠償請求事件における右三名の応訴態度からみても「改悛の情著しい者」とは到底いえるものではないので前記三名は明らかに前記基準に該当するものである。それにも拘らず、会社はこれら三名を退職させずに、債権者のみを解雇している。この基準の適用は不公平、不合理なものであり、本件解雇は無効である。

(七) 会社は愛媛地区においても、第一類型に該当する紙本久直を退職させないまま残し、右同該当の藤田清信について、債権者に対する退職強要をしているさなかの二月二六日に再雇用している。

6  本件解雇の不当労働行為該当性

(一) 会社は、昭和四四年六月旧浦賀重工業株式会社を吸収合併した直後より現在に至るまで、会社は一貫して全金支部に対する敵視政策をとつてきた。すなわち、昭和四四年から昭和四五年ころには全金支部を攻撃する内容のパンフを作成し、これに基づき研修会を開いて、社員教育を行い、全金に対する運動路線批判を強化し、昭和四七年九月全金支部を分裂させた。

昭和五一年四月九日会社と全金支部との間で和解が成立したが、その直後の同年五月一二、一三日には会社構内で全金支部組合員に対し集団暴行傷害事件が起こされている。右暴力行為を行つた者として明らかな範囲で六名の者が告訴され、うち三名は前記のとおりこれを認め罰金刑に処せられている。しかし、右暴力事件後も会社の全金に対する態度は改められておらず、支部組合員に対する日常的な職場での差別、いやがらせ等が続けられている。

(二) 会社は、前記のように第一次の希望退職募集では一般を対象としたが、第二次からは、未達成数わずか一五名のうち、ほとんどの対象を全金支部組合員に限定してきており、以降は全金支部組合員の数をいかに減少させるかを狙つてきていることは明らかである。このことは会社が整理解雇に藉口して一気に全金支部を破壊々滅させようとしてきているものといわねばならない。また、会社は全金支部が整理の必要性や規模等について納得せず、基準についても抗議し、協議継続中であつたにも拘らず、前記のように一方的に定めた基準により一方的に債権者に対し、組合を無視して個別の退職強要(肩たたき)をしてきている。右事実は、全金支部の団結を侵害する行為であり、不当なものである。

全金支部組合員の内、会社に企業籍のある者は本件解雇当時わずか一一名である。今回の会社の退職強要により、全金支部組合員のうち、三名(一四分の三に当たる)が退職させられている。他方住重労組は約二九〇〇名中二四〇名(出向者六〇名を含む)が退職しただけであり、組合員数に対する退職者の数を両労組について比較してみれば、全金支部は約二・五倍強であり、債権者を含めると約三・五倍近くなる。これは明白な組合間差別である。全金支部は組合員数が少なく一人一人の組合に占める位置は極めて大きいのであり、そのことを会社は十分に熟知していながら、債権者を解雇しており、組合に対する影響は多大であり、会社の全金支部に対する支配介入であることは疑いの余地がない。

債権者は、全金支部に所属し、組合の青婦部役員等をしてきたが、分裂後も全金支部に踏みとどまり、以降六期支部会計監査をしてきており、会社の全金敵視政策、不当労働行為攻撃にも耐え抜いてきた全金組合員であり、現在全金支部にとつて唯一の女性であることを含め、不可欠の存在である。このように合理的理由なく、他に共稼ぎとして債権者よりも恵まれた生活状態にある者や妻に相当の収入がある男性労働者を全く対象とせず、債権者を排除しようとする会社の行為は不当労働行為にほかならない。

以上のように本件解雇は、全金支部組合の破壊ないし弱体化を企図し、債権者を同支部組合員である故をもつて、不利益に扱うものであり、労働組合法七条一号、三号に該当し、無効である。

五  債権者の主張に対する会社の反論

1  黒字決算について

会社が本件経営改善計画実施に先立つ期間及び計画実施期間においても配当を継続したのは、配当の実施が会社の資金運営上、有利かつ不可欠のものと判断したことによる。すなわち会社が海外で社債を発行し、また金利の上でプライムレート(最優遇貸出金利)を利用するためには、黒字公表と過去三年間の配当が六パーセント以上であることが不可欠の要件であつた。

また当時会社には二〇〇〇億円を超す負債があつたが六パーセントの株式配当を実施するとしてそれに要する資金は一二億円程度であるのに対し、二〇〇〇億円の負債の金利がプライムレートの適用から除外され、一パーセント上昇したとすれば、それだけで二〇億円の損失が出ることになるから、事の利害得失は論ずるまでもないことである。さらに、当時の会社が公表黒字を経営戦略上欠くべからざる施策として実施した理由として、特にプラント等の海外での契約を締結するために原則的に赤字決算が許されなかつた事情があつた。

2  会社の社内留保について

債権者は、一方で会社の本件雇用調整は、その必要性を欠くものとし、他方で会社が雇用調整による退職を回避するため、必要な企業努力を行わなかつたその証左として、会社には七一五億円あるいは二二〇〇億円を上回る内部留保が残存すると主張している。

前述したとおり、会社には、今日の危機において実現し得る未実現利益が存在していることは事実である。これを詳述すれば、会社には、昭和五三年三月末において延払利益繰延金約一七三億円、特定引当金二四億円、仕掛品中損失処理をしたもの五〇億円、株式含み益約二四億円、及び横須賀工場の売却見込益三〇億円があり、その合計が約三〇〇億円となる。そして、この点に関しては、前記本件雇用調整に関する組合との協議において、すべて組合に対し説明を尽くしている。

この点、債権者は、前記主張の前提として右の外、会社の保有する株式の含み益は、一二七億円であるとして、そのすべてを実現可能な未実現利益であるかの如く主張している。なるほど会社の貸借対照表上の株式含み益は、債権者主張のとおりであり、また同人主張の別途積立金七五億九〇〇〇万円が計上されていることも事実である。しかし、会社の本件雇用調整が、会社が企業としての存続をやめ、倒産もしくは、更生会社として、その財産を処分することを前提として実施されているものでないことは言うまでもない。その危機を現時点で回避する方策をとることが必要であるから、調整実施するのであり、企業を存続して今後に利益を計上し得る体制を前提として、これを考えるのである。したがつて、保有する他社の株式等は、これとの今後の取引関係の維持等を考慮することなくして処分することは、存続する企業としては、できないことである。また別途積立金は、過去の利益の積立金であり、蓄積であることは事実であるが、これは商法の規定により、企業の期間業績をあらわす損益計算書において期間損失を補填する形で利益とする処理はできないものであり、信用を維持してゆく決算をするための補填原資にはならないものである。言うまでもなくこの取崩しは、株主総会の利益処分としてなされる承認事項である。

また債権者主張の円高による為替差益二五億円があることも事実である。しかしこれは、既に前述した八四〇億円の赤字の算定の際、織込み済みの利益である。さらに会社には当然円高による含み損が存在する。現在の厖大なドル建の受注残は平均してほぼ三〇パーセントが目減りしているからこれを考慮に入れれば、為替差益どころか、逆に大巾な差損が発生している。円高により会社が利益を得ていたとしたら、おそらく今日の会社の危機もなかつたことになろう。前述した八四〇億円の赤字の一部にはこの種の差損も含まれている。

3  不況の性格について

すでに生産構造や供給構造に構造的変革が発生した経済状況の下では、単純に景気の回復をまつて経営の改善を期待することが無意味であることは論ずるまでもない。企業は経済環境が好転し、累積赤字を解消したとしても緊急にその経営体質を変革しない限り、再び赤字状態に陥ることは必至の情勢にあつたのである。

債権者は日本造船界は昭和五四年四月当時すでに新造船の投資意欲が表れており、同五六年四月当時には受注額が急増していた事実を指摘して、会社の経営がいわゆる景気の循環によつて極めて短期間に回復したかのように主張する。なるほど会社の造船部門が昭和五四年三月当時から多少の引合が出てき、五六年にはいわゆる造船ミニブームといわれた好況に見舞われたことは事実であるが、五三年、五四年当時の造船界は設備の四〇パーセントを廃棄するという行政指導を実施した上で、さらに佐世保重工、函館ドック等の中手造船所が事実上倒産し、供給力が大幅に減退した段階での循環的ブームであるから、いわゆる四〇年代の造船ブームがそのまま循環、復活したということではない。減産体制に即応できる経営体質の改善を怠つた会社が倒産を免れなかつたことはこの経過に表れた事実が明示している。そして造船業界が五六年のミニブームから五七年、五八年には需要が急激に減退し、現在再び深刻な合理化の渦中にあることは周知の事実である。

4  新規採用について

債権者は、会社が昭和五六年以降も例年従業員を採用していた事実を指摘し、これを根拠に昭和五四年に実施した経営改善計画のための雇用調整は必要がなかつたものだと主張する。しかし、会社は五二年以降本件経営改善計画実施期間を通じて、エンジニアリング指向に基づく大学卒業の技術要員を除いては原則的に採用をしていないし、五四年三月雇用調整が終了した後も引き続き減量を実施し、昭和六〇年一〇月現在で会社の社内稼動人員は八八五〇名にとどまつている。会社は昭和五七年一〇月関係会社であつた日特金属を合併し約九〇〇名の従業員が増加しているから、これを除けば従前の会社の社内稼動人員数は八〇〇〇名を若干下回ることになる。本件雇用調整が不必要であつたという主張は、この一事からも理由のないものである。

ただ、会社が新たな経営体質としてエンジニアリング指向を目標とした以上、これに必要な要員を採用したことは、経営改善計画の実施と少しも矛盾しない。また、現業部門に配属する高校卒や、女子については、減量計画で達成した社内体制を維持しながら、退社者の補充等で五六年以降多少の人員を採用しているし、すでに五年間全く採用しなかつた高校卒男子については要員の高齢化を防ぎ、現場技術の継承を図るという職場の必要性に基づき、同じく昭和五六年以降多少の人員を採用し、これを前掲の各社内報に報道したものであるが、いずれも経営改善計画期間の終了後のことであり、また計画の趣旨は維持されている。

5  不当労働行為の主張について

(一) 債権者は、会社の勇退基準の各条項がことさら同人の所属する全金支部の組合員が多数含まれることを意図して、全金支部組合員の締出しをねらつたものとして、この基準の作成、適用がともに会社の不当労働行為意思に基づく行為であると主張する。

しかし、この基準が特に会社において事新しく作成された特異なものであれば格別、これが危機回避のための人員整理に当たつて一般に採用される内容のものであり、その合理性が認められるものである以上、たまたま債権者ら全金支部組合員がこれに該当することがあつたとしても、そのことから直ちに、この基準の作成を不当労働行為とする主張は理由がない。また、この基準が元来、査定者の主観を排して選定の公平を保持する趣旨で作成され、現に愛媛においても両組合員に平等に適用され、該当する者が組合所属の如何を問わず、説得の対象となり、退職している以上、基準の適用についても、差別もしくは、組合支配として非難されるいわれはない。そして、この基準該当者について、病気その他特別事情のある者については、適用を保留したが、この措置は、全金支部所属の第一類型該当者にも、ひとしく採られたことは前述のとおりである。

この点、債権者は、住重労組に属する者で罰金の略式命令を受けた者が退職対象者とならなかつた事実を指摘して基準の運用を不当とするが、組合間の抗争が原因で告訴され罰金刑となつた者が直ちに無条件で勇退基準第一類型に該当するとする主張は、該当事実の疎明を欠くものとして、結局理由がない。

(二) 債権者は、退職募集期間が終了して一五名の目標未達の処理が問題となつた時点で会社が住重労組と合意して実施した未達処理において、この説得対象者に全金支部組合員が多かつた(すべてではない)事実を指摘して、この運用方法が全金支部組合員の排除を意図したものだと非難するが、この時点で全金支部に所属する者が多かつたのは、その前段階たる退職募集期間に全く応募せず、組合の方針として勇退基準の適用に協力しなかつたことの当然の帰結である。すなわち、全金支部組合員は、この段階になつてようやく会社に対する協力の姿勢を示してき、現に三名の退職応募者が出たが、この時点までは、いつさい会社の雇用調整を無視してきたのが実態であつた。そして右の応募者も全金支部組合の激しい反対を排して会社と合意するに至つたものである。

(三) 横須賀地区で四五名の目標未達を残したことは、債権者主張のとおりである。これは、退職募集期間の経過後、本社の方針によつて横須賀地区事業所がその独自の判断で同地域および同事業所の特殊性を考慮して実施した未達処理の結果であつた。言うまでもなく船舶を主体とする横須賀地区においては、これを残存しても経営改善計画の目標たる船舶部門一九〇〇名体制を確立することができると判断して、この未達を容認し、基準適用の公平に関しては、基準該当者で応募しなかつた者については、一九〇〇名体制の枠外で別に出向、応援等新たな雇用量を造出して、これに振り向けることを条件として残存せしめたものである。また、横須賀地区の削減目標が他地区を大巾に上回るものであつた事情も、この際の判断動機を構成するが、言うまでもなく愛媛には、この種の配慮をなすべき特殊事情はない。そして、横須賀地区での第一類型該当の残存者は、一名を除き、すべて本件雇用調整に原則的に反対した浦賀分会の組合員である。

ちなみに、玉島地区においては、未達人員二〇名のうち基準該当者一七名を指名解雇としている。

(四) 債権者は、その組合活動について云々するが、債権者が組合活動家として特に活発であり、日頃会社から嫌悪されたか、もしくはただ一人排除される程度に嫌悪されるに足る活動をしたという主張は、債権者自身これをなし得ない。

(五) 藤田清信は「大正一二年以前に生まれた者」という基準第一類型該当者として退職しており、たまたま再就職した外国会社からの会社に対する要望によつて会社臨時嘱託の名称を用いていただけであり、紙本久直も同基準に該当したが、公傷休業中であつたためその期間退職が制限されていたもので、その後昭和五四年七月三一日退社している。

第三  疎明関係<省略>

理由

一本件解雇の意思表示等

申請の理由1(会社)、同2(債権者)、同3(解雇の意思表示)の事実は、当事者間に争いがない。

二本件解雇に至る経緯

<証拠>及び前記一の争いのない事実を総合すれば、次の事実が認められる。

1  会社は、資本金約二一三億円、従業員約一万一七〇〇名(いずれも昭和五三年一〇月当時)の規模を有し、船舶、産業機械等の製造販売を目的とする我が国有数の総合重機械製造企業であり、昭和四九年ころまでは業績も良好で順調に発展してきたが、昭和四八年のいわゆる石油ショック以後、受注が急激に減少し、業績が著しく悪化した。

(一)  造船部門についていうと、我が国造船業界全体が、世界的な船腹過剰、建造需要の激減の状況にあり、昭和五二年以降の急激な円相場の高騰により受注量は更に減少し、加えて、船価の低落、既契約船のキャンセル、ドル建契約船の為替差損等の発生、他方韓国、台湾などの中進国の造船業への進出による我が国造船業界の国際競争力の低下等により、同業界は戦後最大といわれる深刻な不況に直面した。現に、海運造船合理化審議会は、このような造船不況の長期継続を予想し、仮に昭和五六年以降緩やかな需要の回復が望めたとしても昭和六〇年においても現有建造設備能力の六五パーセント以上の回復は望めないとの判断に基づき、今後の造船業の経営安定化方策として、会社を含む造船大手七社については現有設備能力の四〇パーセント(全体平均では三五パーセント)を削減する必要がある旨を運輸大臣に答申し、これを受けて、昭和五三年一一月には特定不況産業安定臨時措置法に基づき運輸大臣から造船業界に対して全体平均で三五パーセントの造船設備を削減することを内容とする安定基本計画を定めた旨告示され、更に同年一二月には運輸大臣から、昭和五四、五五年度の操業度をピーク時(おおむね四九年度)の大手七社は三四パーセント(全体平均三九パーセント)を上限とするよう操業短縮が勧告された。会社の造船部門は、会社の総売上高の約四〇パーセント以上を占め(産業機械部門は約四〇パーセント)、その約五〇パーセントを輸出に依存していた(これは産業機械部門もほぼ同じ。)ため、右不況の直撃を受け、その受注高は昭和四八年度をピークとして、昭和五二年度はその四五パーセント、昭和五三年度は同一二パーセントと激減した。

(二)  産業機械部門についても、前記のように石油ショックを契機とする世界的な不況及び低成長経済の定着により、これまでの受注先であつた鉄鋼業等の民間大型設備投資が完全に停滞し、これを補う形で輸出への依存度を高めたものの、円高によりプラントを中心とする重機械産業の国際競争力が急速に失われ、同時に受注損益も著しく悪化するに至り、また輸出全般について発展途上国の追い上げと輸入国での現地調達の比率の急激な上昇、EC諸国やアメリカの我が国に対する輸出規制の圧力等で、造船部門ほどではないにしても非常に厳しい経営状況であつた。

(三)  その他の海洋構造物、熱交換器、塔、槽などの製造についても供給過剰による低価格市場が現出し業績は振るわず、鋳鍛造品も素材転換の影響や人件費の安い台湾製品や韓国製品との競争に勝ち抜くことが困難であり、低操業、採算悪化の状況に陥つている。総合的な機械設備等を扱うプラント事業本部も、昭和五三年二月設立したばかりで、受注による仕事量確保が困難なうえ、事前に費用の支出を要し、採算面では、当分負担とならざるを得ない。プラスチック加工機械、建設機械、変減速機、電気品及び橋梁鉄構の製造販売においては収益を比較的上げうるが、前記の不況部門に比べて小規模(昭和五二年度実績売上が全社の約四分の一)なため、その損失を補うには不十分な実情にある。

(四)  ところで、会社の愛媛製造所には、製鉄・運搬機械等の一般産業機械を製造する新居浜工場、海洋構造物と化学・石油プラント等の熱交換器、塔、槽の製作を主体とする東予工場、鋳鍛造品を製造する鋳鍛工場の三工場があり、これら工場の業績は前記のとおりである。すなわち、同製造所は、主要な顧客が製鉄所(大手高炉メーカー)及び造船所であり、その顧客とともに成長発展してきたが、石油ショック後の長期不況により、製鉄所は高炉の三分の一を運転休止とする状態になり、増産のための設備投資をほとんど中止した。このため主要取引先である住友金属工業からの受注額をみても昭和五〇年度二九七億円から同五一年度一一八億円、同五二年度五一億円、同五三年度四一億円と落ち込んでおり、また造船不況の深刻化により新たなドックの建設が途絶え、同製造所の主要製品であつた大型クレーンの受注が無くなり、また造船会社からの受注額は、昭和四七年度五二億円、同四八年度四一・五億円、同四九年度二七・五億円、同五〇年度七・三億円、同五一年度三億円、同五二年度〇・九億円、同五三年度〇円という状況である。そこで同製造所では昭和五〇年ころより、製品及びプラント輸出を推進し、売上高に占める輸出品の割合を昭和五〇年二一パーセント、同五一年四四パーセント、同五二年六一パーセント、同五三年五一パーセントと増加してきたが、主要輸出先の発展途上国ではソフト(設計部門)の能力を有せず、かつ、自国産業の保護育成を図るために一定比率で現地調達を義務づける結果、輸出品は国内受注品と比較すると、相対的に技術面の仕事量が増加する反面、国内製造部門の仕事量が減少し、同業各社に比してハード(製造部門)重視からソフト重視への体質転換が著しく立ち遅れている会社の従来の体制では採算及び仕事量確保の両面において対応できないという新たな課題が生ずるに至つた。また昭和五〇年以降、急激な円高を生じ、愛媛製造所においても昭和五二年度五・八億円、同五三年度九・九億円の為替差損が生じ、仕事量不足を補うため、二七・六億円の原価の高炉を二〇億円で受注するなどの赤字受注も行つた。以上のような結果、同製造所の業績は、昭和五〇年度三九億円の利益(実態)を計上していたが、同五一年度三・七億円、同五二年度一六・五億円と減少し、昭和五三年度には三二億円の損失(実態)を生じるに至つた。

2  会社は、右のような経営危機を打開するため、昭和五一年以降、次の各施策を行つた。

(一)  受注を増大して仕事量の確保を図るべく、建設機械等の好況部門の営業を強化するため人員を傾斜配置した。また雇用確保のため赤字受注を断行し、例えば船舶部門では昭和五二年度には平均二〇パーセントの赤字の生じる受注が七隻に上り、これにより直接工の一年分に近い作業量を確保し、一般機械部門でも同様の状態であるため昭和五三年上期の受注損益率は四パーセントの赤字となつた。同じ目的から、新規事業の開始、事業の拡大を意図して七社に及ぶ新会社を設立するなどした。また、固定費削減のため、設備投資の圧縮、遊休資産の売却、諸経費等の大幅な圧縮と管理の徹底などの措置をとつた。

(二)  次に、人員の減員、人件費の削減を図るため、次の方策を実施した。

(1) 昭和五一年四月以降会社の構造改善のために最低限必要な大学卒者を除き原則的に新規採用を中止し(女子事務員については昭和五三年四月以降)、可能な限り退職者の補充もしない方針をとつた。これにより、昭和五一年三月時点で一万三〇四四名在籍していた社員が、同五三年三月には一万二一八二名在籍へと減少した(八六二名減員)。

(2) 会社は、昭和五二年一〇月以降全社的な規模で人員の配置換えを実施し、不況部門から好況部門への配転・応援、下請外注作業を可能な限り社内へ取り込み、これらに必要な職種転換を実施した。更に系列関連企業や下請・外注企業への出向・応援派遣等による過剰人員の削減を図り、この数は一年間で五一五名に達した。

(3) 役員、管理職の賞与、給与のカット、一般従業員の時間外労働の規制、福利厚生費の削減等を行つた。

(4) 昭和五二年一二月から同五三年三月までの間、管理職の勇退を求め、これにより定年退職者を除き約二五〇名(三〇パーセント)が退職した。

(5) 昭和五三年一〇月以降、船舶部門において毎日一二〇人の教育訓練帰休、機械部門で毎日八〇人の帰休を行つた。

3  しかし、右のような諸方策にもかかわらず、経済環境の変化により、昭和五三年以降も需要の低迷が続き、赤字受注も限度に達し、社内操業向上対策も限界となり、同年度半ばころには大量の余剰人員の発生が確実となつてきたため、会社は改めて抜本的な経営体質の改善策を実行しなければ近い将来企業の存続自体が危くなると判断し、同年一一月に至り、取り急ぎ「経営改善計画」(別表二参照)を立案してこれに着手することとした。この計画は、当時の大幅な赤字受注を廃し、会社の内部留保を費消しながら、昭和五五年度末までに会社の生産構造を、国際競争力を保持し、赤字を出さない規模及び体質に改善することを目的とするものであつて、エンジニアリング指向、現地調達の増加という生産構造の変化に対応すると同時に、損益分岐点を引き下げた縮小された適正な企業規模及び体質を実現するため、昭和五二年度の売上高約二八〇〇億円、昭和五三年度の売上予測高約一九〇〇億円余り及び相当程度の確度をもつて推測される二、三年先までの会社の製品ごとの業績予測(造船、産業機械は、受注から売上げまで二、三年を要するので受注残の状況から将来予測が可能)を基礎として、基準売上高を二一〇〇億円と設定し、この売上高の実現に必要な人員数を、各事務所ごとに実際の仕事の内容、必要な工数の積み上げ等の試算などをもとに八四九五名と算出してその実現を目指すことを宣明する。そして、他方当時の人員等規模、体制を維持するときは、向こう三年度の間に、昭和五三年度約二七〇億円、昭和五四年度約三三〇億円、昭和五五年度約二四〇億円の合計約八四〇億円に上る巨額の赤字(当時の会社の資本金額約二〇〇億円の四倍を超える。)が確実に予想された(部門別には愛媛約一六〇億円、玉島約五五億円、船舶約三九〇億円、本社約二五五億円)ので、徹底したコストダウン等の経営改善努力により計三八〇億円の改善を見込んでも、昭和五三年度約二〇〇億円、同五四年度約一九〇億円、同五五年度約七〇億円、計約四六〇億円の欠損が想定され、会社が当時内部蓄積し処分しうると判断した留保金約三〇〇億円を取り崩して右欠損に充てたとしても、なお予想される合計約一六〇億円の赤字については、固定費の削減によつて捻出するほかはないとされた。そこで、昭和五三年一〇月一日現在の社内稼働人員一万〇四一二名を前記のとおり八四九五名とし(会社はこれを八五〇〇人体制と称する。)、一九一七名の人員を削減することにより、昭和五五年度までに金利を含め約一六〇億円の赤字解消が可能となるので、この人員整理の方法以外に、右経営危機を乗り切る方法はないと結論づけている。

4(一)  そこで、会社は昭和五三年一一月一一日、総評系三組合及び従業員の約九七パーセントに及ぶ多数で組織する住重労組に対し、右経営改善計画及び希望退職者を募集するための転職退職者優遇制度(特別退職金の支給等有利な退職条件の設定を内容とするもの)の実施を提案するとともに、全従業員に対してもその要旨を説明する文書を配付した。右提案に対し、住重労組は検討する旨を回答し同労組との間では、右優遇制度についてはその後同月二九日合意が成立し、総評系三組合は、会社は雇用の維持を守る社会的責務を負つていること、会社の財務状況、営業実績などからみても人員削減をする必要はないこと、今日の造船不況は過剰な設備投資をした経営者の責任であること等を主張して、人員整理を前提とする経営改善計画には強い反対を表明した。右交渉を第一回として、総評系三組合とは昭和五四年一月二九日まで計一一回の団体交渉が重ねられ、この間会社は会社の苦境を説明し、労組の理解と協力を得るべく努力したが、総評系三組合は雇用調整自体に強く反対する態度を変えなかつた。

会社は、昭和五三年一二月一日から、右経営改善計画に沿つた減員を達成するため、前記転退職者優遇制度を適用して希望退職者を募集したところ、五四年一月二四日までに一六七名がこれに応じて退職した。

(二)  しかし、このような希望退職の募集だけによつては前記減員は達成できないと予想されたため、必要な人員削減の達成と組合間、事業所間の公平を企図して会社は、過去の裁判例や諸資料を参考にして「勇退基準」という人員削減のための基準を設定してこれを従業員に一律に適用し、その該当者に対しては強く退職を求めるとともに、任意退職者が減員目標人員に達しない場合には、状況により、右勇退基準該当者に対する指名解雇を行うことを予定した。そして、会社は昭和五三年一二月一四日、別表一のとおりの勇退基準を設定し、直ちに総評系三組合及び住重労組にこれを提示した。右基準によると、まず公平の観点から全社員を対象に一律に適用するものとして第一類型(各項目には適用の順位はなく並列的に適用される。)を定め、次に各事業所毎に営業内容が異なり必要な雇用調整の規模に差があり又地域事情も種々であるところから、右第一類型該当者の退職によつても減員目標人員が未達成の事業所においては各別に右未達人員を補充するものとして第二、第三類型(各項目に適用の順位が付けられている。)を定めている。右基準は、企業の再建、少数精鋭化とともに、退職による打撃が比較的少ない者を選定することを狙いとして作成されている。

なお、会社は各組合に対する右基準の提示に当たり、勇退者が目標人員に達しない場合には計画の必達を期するため基準該当者に対する指名解雇を行うこともある旨を説明した。

(三)  その後、前述のように団体交渉が重ねられ、総評系三組合側は、勇退基準による退職者募集そのものに反対する態度で一貫したため、昭和五四年一月二九日の第一一回団体交渉をもつて、結局本社での交渉は打切りとなつた。他方、住重労組は、会社提案の修正、変更を求めて団体交渉を重ね、会社も減員数等について譲歩した結果、昭和五四年一月二五日、会社と同労組との間で、経営改善計画の実施に関する協定の成立をみた。その概要は、①経営改善計画に基づく勇退による減員数を当初計画の約一九〇〇名から一二〇〇名に減ずる(愛媛地区は三七七名から二一〇名に)。右の所期計画人員との差は出向又は配転により充足して八五〇〇人体制を実現する。出向者からの削減は二五〇名とする。ただし一二〇〇名から前記(一)の希望退職者一六七名は控除されるので、一〇三三名が削減目標人員となる(愛媛地区は一九四名)。②特別退職金を大幅に増額するなど退職条件を改善し、会社は、退職者の再就職あつせんに一層努力する。③雇用調整の実施方法として、まず第一段階として全社員を対象とした勇退者募集(希望退職募集)を行う。④次に勇退基準第一類型該当者に対し会社が本人にその事実を告げて退職を説得することを住重労組も了解する。⑤この説得の後にも目標削減人員に達しなかつたときには、住重労組と指名解雇も含めて別途協議する。というものであつた。会社は、この内容を同月二六日総評系三組合にも示したが、同月二九日三組合はこれに同意しない旨回答した。右のとおり、減員数につき当初計画との間に約七〇〇名の差を生じたが、会社としては、このうち約三六〇名については昭和五三年一〇月一日以降同年一一月末までの退職者、出向者、同年一二月末に定年となる者及び昭和五四年三月末で勇退する管理職等をこれに当て、今後会社の努力で達成可能な出向・配転の限度を約三四〇名と見込むことによつてその差約七〇〇名を充足し、生産ラインに従事する社内稼働人員数は、あくまでも当初の計画どおり八五〇〇人体制を実現する意図であつた。

5(一)  会社は、総評系三組合が態度を変更しその同意を得ることは困難であると判断し、経営改善計画の雇用調整の期限が迫つていたので、右協定をふまえて、昭和五四年二月一日から同月九日の間に勇退募集と勇退基準第一類型(ただし、同類型(3)⑤は削除された。)該当者に対する退職の説得を行い、その結果、会社で九五四名が退職した。内訳は、愛媛地区一七九名(未達一五名)、横須賀地区五八三名(同七一名)、玉島地区九〇名(同二四名)、その他の地区では目標人員七一名を上回る一〇二名であつた。

(二)  そこで会社は、右未達人員の処理について検討した結果、事業目的を異にする各事業所によつて経営環境、未達人員及び勇退基準該当者数に差異があり、それぞれの事業所における出向、配転の可能性、その他人員調整上の方法について相違があつたことから、未達人員の処理については経営改善計画の趣旨に反しないかぎり、各事業所においてそれぞれの事業所内の事情を判断し組合と協議して実施するよう各事業所に指示した。

(三)  造船部門のある横須賀地区では、浦賀分会の協力拒否もあつて、先の勇退募集の結果第一類型該当者多数を含む七一名の未達者を出し、その後第一類型該当者六〇名弱に限定して更に退職を説得し二六名が退職したが、四五名が未達となつた。しかし、会社は、同地区は六五四名と削減目標人員が他地区に比べて特に多いこと、東京近郊であり出向等の方法による減員の可能性があること、従業員の不安解消をなるべく早く図る必要性が高いことその他これ以上の大量整理が地域社会に与える影響等をも考慮して、とりあえず未達の第一類型該当者を生産ラインからはずし出向等の方策を講ずることとして(もつともその後一部は原職に復帰させている。)、当初の計画どおりの横須賀地区一九〇〇人体制を実施する目途を立て、未達四五人を残して雇用調整を終結した。

(四)  造船関連機械部門のある玉島地区では、先の勇退募集の結果未達者は二四名であり、更に勇退基準第一及び第二類型該当者二一名について再度の勇退募集を行い、説得をした結果四名がこれに応じ、説得に応じない残り一七名の第一、第二類型該当者を指名解雇し、結局三名の未達を残して雇用調整を終結した。

6  愛媛製造所においては、昭和五四年二月一日から同月九日までの勇退募集期間内に、目標一九四名に対し一七九名の応募があり(第一類型該当者一一四名中一〇九名、第二類型第一順位該当者一二名中九名、同第二順位該当者一二名中〇名、同第三順位該当者四八名中一〇名、第三類型該当者百数名中一三名、その他の者中三八名)、未達は一五名となつていた。そこで会社は、前記会社の方針に基づき愛媛製造所の担当者が組合と協議を行つたうえ、退職希望者はすでに出尽くしており、全所内にわたる募集をいたずらに長びかせることは従業員の不安を増大し、所内を混乱に陥らしめる危険が大きいと判断し、第一類型該当者五名及び第二類型第一順位該当者三名だけを対象として(第二類型第二順位該当の一二名については両組合から強い反対があつただけでなく、これらの者はほとんどが休職又は入院中で再就職の目途が立たないと考えられ、監督官署からの意見もあつて、この募集は断念した。)同年二月二一日、二二日に再度勇退募集を実施し、個別に退職勧奨を行い、第一類型該当者三名、第二類型第一順位該当者一名がこれに応募した。このため愛媛製造所での未達は一一名となり、そのうち第一類型、第二類型第一順位該当者は、それぞれ二名の計四名となつた。この段階で、会社は、愛媛地区における減員目標一九四名は経営改善計画遂行上必ず達成する必要があるが、第一類型該当の二名(両名とも全金支部員)は公傷療養中でありこの時点での解雇は相当でないと判断し、第二類型第一順位該当者二名(内一名は債権者、他の一名は住重労組員)に対し、再就職をあつせんしたうえ退職の説得を強力に継続することにした。これに対し、住重労組は賛成し、全金支部は反対した。そして、住重労組員一名は会社の説得に応じて退職した。会社は、全金支部に対して同年三月一日及び五日、債権者を指名解雇する旨の提案をしつつ(同支部は反対)、債権者(月給約一五万円)に対して、住友商事の直系代理店である月給約一三万円の再就職先をあつせんするなどして説得を繰り返したが、債権者はついにこれに応じなかつた。ここにおいて会社は、これ以上雇用調整期間を延長することはできないと考え、債権者を除く第二類型第一順位該当者は会社の強い説得により全員退職に応じた経過があるので、人事の公平を維持し、他の従業員の抱く不公平感を払拭することが会社の再建にとつても不可欠であり、債権者を解雇することはやむを得ないものと判断し、就業規則第五〇条第三号の「やむを得ない事業上の都合によるとき」に該当するものとして同年三月九日債権者を解雇することとし、債権者に対し同月一二日午前九時までに退職申出がなければ同日付で債権者を解雇する旨の意思表示をなし、愛媛地区では未達九名を残して雇用調整を終結した。なお会社は、同月五日から一二日夕刻までの間連日全金支部と協議したが、同支部はあくまで雇用調整の必要性を否定する態度を全く崩さなかつた。

三本件解雇の効力

1  本件雇用調整及び解雇の必要性

(一)  会社は、その就業規則第五〇条第三号「やむを得ない事業上の都合によるとき」の規定に基づき債権者を解雇したものであるから、本件解雇が「やむを得ない事業上の都合による」ものであるか否かにつき判断する。自由主義経済の下においては、経営に関する危険を最終的に負担する企業は、企業運営方針の選択について専権を有し、業績不振に陥つたときにはその経営の合理化に必要な措置を本来自由に決定実施することができるものであるが、そのために行われる従業員の解雇は、責に帰すべき事由のない従業員から継続的雇用への期待と生活の経済的基盤を一方的に奪うものであるから、企業運営上の必要性を理由とする解雇の効力もこの点から一定の制約を受けるものであつて、右就業規則も、このことを明らかにしたものと解される。そして右就業規則の「やむを得ない事業上の都合による」ものといえるためには、企業が高度の経営危機下にあつて、その合理的運営上人員削減の必要性があり、解雇回避のための相当な経営努力が尽くされたが、なお解雇による人員削減が避けられない場合であることを要すると解すべきである。この観点に立つて、本件雇用調整及び解雇が右要件を満たしているか否かを検討する。

前記二の認定事実によれば、会社は石油ショック以降の厳しい世界的不況による需要の低迷、円高による競争力の低下、受注損益の悪化、中進国の急追等の経営環境の中で、急激に業績が悪化して行つたので、昭和五一年ころから人員の減量のため、昭和五一年以降の新規採用の原則的な中止、減耗人員の不補充、昭和五二年一〇月以降の全社的な人員再配置、出向者の増員等を実行し、人件費削減のため、役員報酬のカット、管理職の三〇パーセントの勇退、一般従業員に対する時間外労働の規制、大量の一時帰休等を実施したが、経営環境は円高等により更に悪化し、景気の早期回復は期待できない状況に立ち至つたため、会社は昭和五三年一一月に経営改善計画を立案したものであるところ、これによれば、昭和五三年度から昭和五五年度までの間に実に八四〇億円の巨額の実質赤字が見込まれたため、コストダウン等経営努力を払い、赤字に充当しうると会社が判断した内部留保金約三〇〇億円を取り崩した上で、更に会社としては、雇用調整により人件費を削減すると同時に生産構造を大幅に転換するため一九一七名の従業員を人員整理しなければならない合理的な必要があり、その後組合との協議で削減数をやむなく一二〇〇名に減少したことにより、より強くこれを達成すべき差し迫つた必要性を有するに至つたものであつて、右経営改善計画立案後は、会社は約二か月の間希望退職者を募り、更に勇退基準を示して九日間全社的に希望退職者を募集し、愛媛地区では再度範囲を基準該当者に限定した二日間の希望退職の募集及び個別の退職勧奨を行つたがなお右計画による人員削減目標に達しなかつたので本件解雇に至つたのであるから、右解雇の時点において会社は高度の経営危機下にあつて、その合理的運営上人員削減の必要性が存し、解雇回避のための相当な経営努力が尽くされたが、なお解雇による人員削減が避けられなかつたものと認められる。

(二)  この点についての債権者の主張の1ないし3の主要な点に関して以下判断する。

(1) <証拠>によれば、会社は、昭和五四年三月期(五三年度)決算において四億三三〇〇万円の純利益を計上し、六パーセントの配当をしており、その後経営改善計画の終了する昭和五五年度まで黒字決算(三年間の純利益は合計約二〇億円)、六パーセント配当を維持していることが認められるが、<証拠>によれば、会社としては赤字決算、減配ないし無配等の事態に立ち至れば、国内及び海外の金融機関や取引先(特にプラント等海外での契約先)からの最低限の信用を失うばかりでなく、社債の発行(昭和五三年九月末で約四三〇億円発行)も不可能となり(六パーセント配当が社債発行の最低必要条件である。)、海外を含む銀行等からの借入金(同時期で約二〇六四億円)の金利も上がる等営業活動全般にわたり大きな打撃を被るため、会社全体としてより経済的不利益の少ないと判断される方策を選択し、前記経営改善計画に従い固定費等を削減するとともに、多額の内部留保金を取り崩して実質赤字に充当し、公表損益としては黒字決算の外形をとつたものであることが認められ、これも企業として合理的な選択であつたと考えられる。

(2) 会社が本件解雇当時、過去一〇年間の好況時に蓄積した少なくとも約三〇〇億円の内部留保を有していたことは、当事者間に争いがない。<証拠>によれば、会社には昭和五三年三月末で約三一六億円の引当金、約二九五億円の資本勘定の剰余金、一二七億円の株式の含み益が存するが、前記争いのない内部留保額を除くと、これらを取り崩すなどして利益に計上することには、法令等による種々の制限があるほか、前記(1)で判示したように公表損益で赤字決算を避け、かつ、今後とも企業活動を行う上で不可欠な営業・金融関係の取引先との信頼関係を堅持しなければならないなどの事実上の制約もある等の理由から、会社が、企業の解散を前提とした意味での体力ではなく、国内及び国外での競争に大きく立ち遅れることなく企業を存続させ、事業活動を継続し会社を再建させ得る体力の保持という観点に立つて、右引当金等や土地の含み益等を内部留保としては計上しなかつたことが認められ、更に、内部留保の取崩しは一時的な弥縫策にすぎず、それのみによつて会社の経営危機を回避できるわけではなく、経営合理性を無視した取崩しは、経営基盤や企業体質を著しく脆弱化させるものであることなどを考えると、右会社の判断には経営危機下にある企業の合理的運営上相当な理由があると認められる。

なお、<証拠>、弁論の全趣旨により成立の認められる疎甲第四三号証に記載されている角瀬見解は、いずれも整理解雇の有効要件として、整理解雇を行わなければ企業の維持存続が危たいにひんする程度に差し迫つた必要性があることを要求する前提に立脚するものであるが、右見解は経営の危険を最終的に負担する企業の経営権に対する制約が大きすぎ、前判示のとおりの当裁判所の見解とは立場を異にするものであつて、採用することができない。

(3) 前記二認定のとおり、経営改善計画は基準売上高を二一〇〇億円と定めたが、<証拠>によれば、現実の売上高は昭和五三年度約一九一九億円、昭和五四年度約二二五〇億円、昭和五五年度約二六三五億円(平均約二二六八億円)であつて、この売上高は右計画立案当時にはほぼ予測することができたことが認められる。しかしながら、前記二の認定事実及び右各疎明によれば、右基準売上高は、現実の売上高の予想値そのものではなく、これを基礎とはするが、低成長下に存続し得る縮小した適正な企業規模の枠組みを定めるために会社が用いた技術概念で、右現実の予想売上高は大幅な赤字受注を積み上げた数額であり、又生産構造がエンジニアリング指向、現地調達の増加の方向に転換しつつあるので、数年先に物価の上昇もあつて実際の売上高が基準売上高を上回つても、社内操業量がそれに比例して上昇することはないと認められることなども勘案すると、基準売上高が予想売上高を下回つていても何ら不合理はない。また、右各疎明によれば、会社が適正人員算出の過程で売上高が最高水準となつた昭和五二年度の一人当たり売上高を基準として用いているが、これは、物価等の関係で経営改善計画期間に最も近く、かつ、現実に利益をあげることのできた年度の数値を用いたものであることが認められ、その判断は相当であると考えられる。

そして、証人町田昇、同渡辺泰作の各証言によれば、経営改善計画期間中は社内稼働人員等はほぼ計画どおりに推移し、売上げについては前記のとおりであつたが、損益においては実質的に右計画よりも一〇〇億円近い赤字であつた(そのため関係会社等の理解を得て買戻すことを条件に有価証券を処分するなどの緊急措置をとつた。)ことが認められるので、右計画自体が不当に従業員の削減に有利なように立案されたものであるともいえず、右計画は事後的に見ても企業の合理的運営上相当程度の精確性を有したものといえよう。

(4) 本件解雇が行われた時点では、愛媛地区では削減予定人員一九四名中一八四名が退職し一〇名の未達が存していたことは前記一認定のとおりであるが、当初の会社の一九一七名の削減案は、組合の要求で一二〇〇名の削減へと大幅に縮小されており、一二〇〇名の削減は経営改善計画の遂行を至上命令とする会社として譲れる限界の人員数であつたこと、<証拠>によれば、会社は昭和五二年九月ころから本格的な減量を始め、かつ、前記二で認定したように組合へ譲歩した削減人員を出向等で充足し、八五〇〇人体制を実現しようとした(八五〇〇人体制を最終的に完成したのは昭和五四年夏ころであつた。)ため、多数の余剰人員としての他社への出向者・出向予定者を抱え、愛媛地区でも本件解雇時点で約一五〇名の出向者・出向予定者が存し(会社が本格的減量を開始した昭和五二年九月の直前は一〇名であつた。)、これら出向者は、そう遠くない将来に社内稼働人員の自然減耗(昭和五四年三月ないし七月の五か月間で一二名の自然減、昭和五四年度全体では約七〇数名の自然減となつた。)等により会社の生産ラインに復帰する予定の者であり、出向者については出向先の給料との差額を会社が負担しなければならず、愛媛地区においては、右差額負担分として昭和五四年度予算に約二・三億円の支出が予定されていたことが認められること、人員削減方針を打ち出した経営改善計画立案の時点から本件解雇の時点までの間に、右計画が予定、予測していないところの人員整理の必要性を減ずべき重大な事由が新たに生じたことを認めるに足りる疎明はないことなどを考えると、本件解雇時点においてもなお、就業規則にいう「やむを得ない事業上の都合」(解雇の必要性)が存続していたものと言わなければならない。

また、会社は、昭和五四年二月一〇日以後は未達人員の処理を各事業所に委ね、横須賀地区、玉島地区、愛媛地区では未達人員を残したままで人員整理を終結させているが、そもそも人員整理の必要性が存続する以上、雇用調整のどの段階で人員整理を終結させるかは、特に権利濫用とみられる特段の事由のない限り(これについては後に検討する。)、専権に属する事柄であると考えられるのであつて、前記二で認定したように会社は削減予定人員の必達を期したけれども各事業所ごとの経済的、人的な特殊事情に応じて、前記の段階で雇用調整を中止せざるをえなかつたのであるから、未達が存在するからといつて人員整理の必要性がなかつたことにはならないのは当然である。

(5) <証拠>によれば、会社は、昭和五三年四月に二二名、昭和五四年四月に一六名、昭和五五年四月に二〇名ないし三〇名、昭和五六年四月に二九三名(内愛媛製造所は六一名)、昭和五七年四月四〇四名(内愛媛製造所は一一八名)の新規採用を行つていることが認められる。しかしながら、<証拠>によれば、昭和五一年四月以降経営改善計画実施期間中採用を中止していた高卒男子(高卒女子は昭和五三年四月以降中止)の採用を右期間終了後である昭和五六年四月以降再開したのは、生産現場における技術の確実な承継を保持するためと、適正な労務構成を確保するため必要最小限の補充が必要であつたからであり、昭和五一年四月以降経営改善計画実施期間中も若干の大学卒の技術者等の採用を継続したのは、同計画の眼目の一つであるエンジニアリング志向にそう生産構造の転換を実現するためであり、また自然減の補充のためやむをえない場合には最小限度の中途採用も行つたが、経営改善計画実施後は社内稼働人員が八五〇〇名よりも減少していき、他社の吸収合併等で必ずしも明確でないが合併分を除いて昭和五九年一〇月現在では約八〇〇〇名となつていることが認められるのであつて、これらの事情は、本件解雇時における余剰人員の存在を強く推測せしめるものである。

(6) 債権者を解雇する時点で、会社は更に希望退職者を募集して解雇回避努力を払うべき義務があつたか否かにつき検討するに、前記二で認定したとおり、会社は、すでに経営改善計画立案前に種々の余剰労働力吸収等の努力を払い、右立案後にも約二か月間希望退職者を募り、勇退基準を示した上での九日間の希望退職者募集を行い、更に範囲を限定した二日間の再度の募集及び個別の退職勧奨を行つていたこと、その遂行が至上命令とされる昭和五四年三月末の八五〇〇人体制の実現を目指す右計画の提案からでもすでに四か月が経過し、会社は全所内にわたる募集を長びかせることは従業員の不安を増大し、所内に混乱をもたらすおそれもあると考えており、又右計画の期限が迫つていたこと、そして前掲疎乙第一九号証、第五八号証によれば、会社が、九日間の希望退職者募集を行つた後全員を対象とする希望退職者募集をしなかつたのは、不況地域である新居浜にあつて会社は最高水準の給与を支払う大企業であり、従業員もほとんどすべて地元採用者であり、又昭和五二年九月以降の配転等による減量で、退職しても困らない係累の少ない社員はごく少数となつており、会社はこの減量期間中の調査で確度の高い見通しにより予想外の退職者は直ちには出ないと判断していたのも一因であることが認められること、更に前記(4)で判示したような諸事情を考慮すると、会社が債権者を解雇する時点で再度希望退職者を募集しなかつたことには相当な理由があるのであつて、これをもつて解雇権を濫用するものであるとは到底いうことができない。

2  解雇手続の相当性

本件解雇に至るまでの労使間の協議の経緯は、前記二認定のとおりであり、この他<証拠>によれば、会社は、重要な提案は組合、管理職を通じ、あるいは直接従業員に周知させたほか、経営改善計画の提案から人員整理終了まで、従業員の九七パーセントで組織する住重労組と協議しその合意を得た上で雇用調整を進めているし、総評系三組合(特に全金支部)との間でも昭和五三年一一月一一日から本件解雇に至るまでの間文書による質問、回答を交したほか、本社で一一回、愛媛製造所で一六回の交渉が行われ、雇用調整の実施自体に強く反対する同組合に対し、会社は必要な資料を提出し、説明すべき点は十分に説明し、必要な討論は行われたこと、また本件解雇直前には会社の管理職と債権者間でも多数回の話合いの場がもたれたことが認められるのであるから、全金支部及び債権者の同意が得られなかつたとしても、会社としてはなすべき措置は尽くしたと認めるのが相当である。

3  整理解雇基準の合理性

前記認定のとおり、会社は勧奨退職基準であると同時に整理解雇基準として勇退基準を設け、債権者に対して、同基準第二類型第一順位「共稼ぎの者で配偶者の収入で生計が維持できる者及び兼業又は副業があり、もしくは財産の保有など別途の収入があり、退職しても生計が維持できると判断される者、但し、業務上必要な者を除く」に該当するとして退職の勧奨を行い、これに応じなかつた債権者を指名解雇したものである。整理解雇基準は、企業の効率的運営・再建の推進のために労働能力の劣る者からの整理を企図するもの及び労働者の経済生活保護のために生活に与える打撃の少ない者からの整理を企図するものが一般に合理性が高いとされているところ、右基準の本文は、後者の観点から解雇による打撃の少ない労働者を解雇の対象とするものであるが、この基準を機械的に適用するときは、企業の再建にとつて不可欠の人材もその対象となり、企業の経済的困難を脱し、企業再建を図るという整理解雇本来の目的に反するおそれが生じるので、右基準但書は、労働者の生活保護と企業の効率的運営という二つの要請を調和させるべく必要最小限度の裁量権を企業に留保しようとしたものであつて、これもやむをえない合理的なものといわざるをえない。そして整理解雇基準は、その性質上ある程度抽象的なものとならざるをえないのであるから、抽象性を理由として、直ちに右基準が合理性を欠くともいえないし、又その文言よりして男女とも等しくその対象となりうる(現に後記4認定のように男性も右基準に該当すると判定されている。)のであるから、専ら性別のみによる不合理な差別を定めた基準でもないことは明白であるので、右基準自体を不適法な権利濫用に該当するものということはできない。

また、右整理解雇基準全体も、企業の効率的運営の推進と労働者の経済生活の保護の二つの要請の調和という趣旨に基づき立案されたものであつて、右基準自体(その適用は別論である。)を不合理なものということはできない。

4  整理解雇基準適用の相当性

(一)(1)  <証拠>によれば、次の事実が認められる。

会社は、昭和五四年一月二五日の住重労組との協定後二月一日までの間に、以前の調査に基づき各地区毎に勇退基準対象者を正確に整理、検討をしたが、勇退基準第二類型第一順位については、本文(退職しても生計が維持できる者)に該当するか否かの判断は各事業所人事部門でなされ、但書(業務上必要な者)に該当するか否かの判断は各事業所課長に委され、債権者の場合は、新居浜製造所調達課長が人事部門と連絡しながらこれに当たつた。愛媛地区においては、第二類型第一順位本文該当の有無につき、従業員の財産状態等の調査結果を記載した身上調書、家族構成、職業等を記載した家族台帳、従業員からの扶養控除申告書、配偶者の勤務先への問い合わせ、民間調査機関の調査報告書(これの対象としたのは約二〇人)等により調査を進め、これへの該当者を、第一類型に重複して該当する者も含めて七〇数名と判定して第一類型該当者を控除し、他方各課長の判定した但書該当者約一〇名(うち一名は女性で看護婦)をも除いて最終的に第二類型第一順位該当者として債権者を含む一二名(男二名、女一〇名)を選択した。このうち男一名は副業があり、退職しても生計が維持できる者に該当したものであつた。また共稼ぎ女性の一人は退職により生計が維持できなくなると判断されてこの基準には該当しないものとされた。

債権者(解雇当時三七歳)の場合は、右調査によれば、配偶者(解雇当時三七歳)が大企業である住友化学に勤務し毎月の手取り給与約一二万九〇〇〇円(基準内賃金は約一四万八〇〇〇円)と年間賞与約五〇万円余りを取得し(債権者の基準内賃金は約一五万二〇〇〇円)、住友化学を定年退職した義父の年金が毎月約八万円あり、家族名義の土地建物を所有し、老令の義父母、債権者夫婦と九歳、五歳、二歳(いずれも解雇当時)の子供の計七人家族であり、債権者の社内預金は約九〇万円、支給されるべき退職金等は約三一七万円であつたが、会社は他の第二類型第一順位本文該当者の多くの者に比しても債権者の方が恵まれているものと判断して、債権者をこれに該当するとした。また、債権者の従事する業務は入社以来一貫して注文書の作成、統計業務の一部といつた補助事務であつて、特に専門知識や技能が要求される職種ではなく、特に昭和四一年ころからは、電算機の導入により作業内容が著しく単純化され、かつ、外注方式も単品外注方式から技術的な専門知識を要求される一括外注方式、設計込外注方式に改められつつあり、その業務の重要性は大幅に減退していた。また債権者の月平均の仕事量は約九五時間であつて、新居浜製造所の月間総労働時間一六八時間に比して著しく低いものであつた(もつとも、これは債権者以外の外注係の者、特に女子についても似たような傾向はあつた。)し、調達課では経営改善計画に基づき課員の約二割に当たる一二、三人の人員削減を計画し、事務処理体制を合理化して、退職者の仕事は残留者が分担するか廃止することにしており、調達課で第二類型第一順位本文に該当する者(男二名、女三名)のうち、債権者は他の二名の補助事務担当の女性とともに、新体制においては業務上必要な者とは判断されなかつたのに対し、男性二名は内一名は技師で今後海外調達の仕事量が増大するとの見込みがあるなどの理由から両名とも業務上必要な者と判断された。

(2) 前記(1)認定事実によれば、会社が整理解雇基準該当者を選定する過程において、重大な事実誤認や不公平な恣意的判断をしていることをうかがわせるものはなく、債権者を右基準該当者とした選定は正当になされたものと認められる。

(二)  右の点についての債権者の主張5の主要なものにつき判断する。

(1) 前記(一)(1)認定のように債権者の基準内賃金は配偶者のそれよりも若干上回つてはいるが、<証拠>によれば第二類型第一順位該当者中には他にも同様の者がおり、債権者の経済状況は他の第二類型第一順位の者に比較しても劣つているとはいいがたいことが認められるのみならず、成立に争いのない疎甲第一〇二号証(愛媛県人事委員会作成の職員の給与に関する報告及び勧告。原本の存在についても争いがない。)、疎乙第七六号証によれば、昭和五四年四月の松山市の世帯人員別標準生計費(全世帯)は五人家族で一九万三七二〇円(四人家族で一七万七八二〇円、三人家族で一五万一九九〇円、二人家族で一一万四一九〇円、一人家族で六万三三九〇円で人数に比例して増加せず増え方は逓減傾向にあるから七人家族では約二二万円になるものと推測される。)であり、昭和五三年度の平均一勤労者世帯当たり月間消費支出は全国で二一万一一一〇円、四国地方で一九万六〇九九円と認められるところ、前記(一)(1)の認定事実によれば債権者の世帯の平均月間収入は約二五万円であると認められ、また、第一類型(2)の基準(社内共稼ぎの社員いずれか一方の者)該当者は、当然に生計の維持が可能とみなして経済的状況を問うことなく人員整理の対象とされること(疎乙第二八号証)との均衡などを考えると、債権者は退職しても標準的な生計を維持することができるとして第二類型第一順位本文に該当するとした会社の判断は肯認することができないとはいえないし、会社は債権者に対して月収一三万円の再就職先のあつせんをしていることをも加味すると、この要件該当性の判断において権利濫用も問題とはならないものと考えられる。

(2) 第二類型第一順位但書の基準は、人員削減後の新体制において、その業務遂行上有益な知識、技能を有しているか等をその具体的指標として相対的判断を行わざるをえないと考えられるところ、愛媛製造所においては、職能別に、設計部門、製造部門(現業)、同(管理)、共通管理部門(債権者はここに属していた。)に分けて人員削減数を定め(前掲乙第五三号証)、債権者の場合は調達課長において、前記(一)(1)認定のとおり、個々人の技能、能力、職務内容等を具体的に検討して右基準該当性についての判断を行つたものであつて、本件全疎明によつても同製造所の他の課において債権者を配転しうる人員の不足が生じたとも認められず、また愛媛地区においては経営改善計画期間中は全く新卒者の採用をしなかつた(原尚志証言)ことなどを考えると、債権者を業務上必要な者と認めなかつた会社の判断に特に不合理な点は存せず、この要件該当性の判断において特に権利の濫用と目すべき事情も見当たらない。

(3) 現実には一般に夫より妻の方が収入が少なく、女性社員の多くが単純労働や事務労働に従事している現状から、第二類型第一順位の基準の適用の結果、実際に退職したのは大部分が女性であつた(一二名中一〇名)が、前記判示のとおり、右基準自体が合理的であり、かつ、その適用も相当なものであつた以上、右基準の適用をもつて違法な女性差別で無効なものとすることはできない。

(4) 前記二認定のように、造船部門のある横須賀地区では、浦賀分会の協力拒否もあつて、債権者よりも優先的に退職すべき第一類型該当者多数を含む四五名が未達となつたまま会社は雇用調整を終了しているが、そこに判示したとおり、会社としては、事業所間、組合間の公平を図るなどの目的から勇退基準を公表し、極力それにそつた公平な雇用調整の実現に努力してきたが、同地区は特に不況の程度が甚だしく、総評系組合の強い抵抗の故もあつて、同地区の特殊性、沿革、将来の同地区の労使関係のあり方、従業員及び地域社会に対する企業の社会的、道義的責任を果たす方法等その他諸般の事情を考慮して、会社としては同地区での必達を断念するという判断に至らざるをえなかつたものであつて、愛媛地区は、横須賀地区とは人事の交流、配転の可能性も少なく距離的な隔たりも大きいこと、昭和五四年二月一〇日以降の雇用調整は各事業所が主体となつて各事業所別に実施されたこと、本件雇用調整は終始、住重労組の全面的同意を得ながら進められたことなどを考えると、同地区の未達の故に本件解雇が恣意的なもので権利の濫用になるとは考えがたい。そしてこれは、玉島地区の未達についても同じ様に言えるであろう。

(5) <証拠>によれば、愛媛製造所では、昭和五一年五月一二日、同月一三日の各昼休みに住重労組と全金支部間の組合活動に際して住重労組員である池永巧、高橋孝年、池西桂一が全金支部員三名に対して暴行を加えるという事件が発生し、右池永ら三名は昭和五二年一〇月一三日略式命令によりそれぞれ罰金二万円に処せられたので会社は同人らを、減給又は出勤停止の懲戒処分に処したが、本件雇用調整においては、会社は、同人らは第一類型(3)①本文(過去五年間(昭和四八年一一月以降)に減給又は出勤停止の懲戒処分を受けたことがある者。)には該当するが、その但書(改悛の情の著しい者は除く。)に該当するとして、同人らを本件雇用調整の対象とはしなかつたことが認められる。前掲各証拠によれば、右暴行事件は、昭和四七年ころ全金支部から住重労組が分裂、結成された後の二組合の根深い対立と不信とに根ざし、一組合員の住重労組からの脱退をめぐる紛争に伴う先鋭化した感情の対立に起因する所為であり、業務を妨害し、工場の秩序を破壊しようとの悪意が存在したわけではなく、指揮監督関係に基づく縦の企業秩序違反という性格はないことが認められるし、又暴行事件は本件雇用調整よりもかなり前のことであり、罰金額も比較的低いものであつたことなどを考えると、右池永らを、本件雇用調整時においてもなお、職場秩序の維持や会社の効率的運営を妨げる者とみなすことには疑問がないわけではないので、会社が第一類型(3)①但書を適用して同人らを雇用調整の対象としなかつたことが、債権者を解雇したことに比して不公平な恣意的な判断であるとすることはできない。

また、<証拠>によれば、紙本久直及び藤田清信は第一類型(1)(大正一二年以前に生まれた者)に該当するが、右紙本は振動病により公傷休業中であつたため昭和五四年二月九日に振動病の治癒等を条件として退職する旨の意思表示をした後同年七月三一日退社していること、右藤田は同年二月一七日に退職し、再就職した韓国の企業からの要望で会社は、同人に会社臨時嘱託の名称を与えた(給与等会社の負担はない。)ものであることが認められ、これらの事実は本件解雇の効力には何の影響も与えないものと考えられる。

四不当労働行為の存否

本件解雇が、その必要性、合理性その他の要件を具備し、解雇権の濫用にも当たらないことは既に述べたとおりであるから、本件解雇との間に相当因果関係のある会社の不当労働行為意思が認められるためには、特段の事情が存しなければならないと解される。

<証拠>によれば、会社は、昭和五一年四月九日、愛媛県地方労働委員会立会の下で全金支部等と協定書を交わし、全金支部に不当労働行為との疑問を抱かれるような行為があつたことに対し、遺憾の意を表し、昭和五四年一二月二六日東京都地方労働委員会立会の下で全金支部等と協定書を交わし、これに基づき賃金差別問題について解決すると共に、会社は組合に和解金を支払つたことが認められるが、それらが本件解雇と直接関連するものであるとはにわかに解しがたい。また<証拠>によれば、債権者は結婚前(昭和四七年九月の組合分裂前)は青年婦人部副部長を歴任し、組合分裂後は全金支部にとどまり会計監査などを担当していたことが認められるが、それ以上に会社の注目を引くほどの積極的な活動をしていたとは認めがたいので、債権者の組合活動を会社が嫌悪して本件解雇に及んだとも直ちに解しがたいし、会社が債権者に対して仕事差別をするなどして差別意思をあらわにしたとの債権者の供述も、<証拠>に照らして採用しがたい。全金支部と住重労組の間で基準該当者の各組合員数に占める割合に差異があるとしても、前記判示のとおり、整理解雇基準自体及びその適用に合理性がある以上、特に組合間差別の意図をもつて基準を作成したというような事情でもない限り不当労働行為意思は認めがたいが、右のような事情を認めるに足りる疎明はない。その他<証拠>中には、会社が全金支部等に対して数々の不当労働行為をなしたなどとの供述部分があるが、抽象的で又推測の域を出ないものが多く、かつ、それが本件解雇に決定的な原因を与えたものであるとは断定しがたい。

かえつて、会社は前記二で認定したとおり、本件雇用調整を組合間においても可能な限り公平に行うことに意を用いており、本件解雇直前に第二類型第一順位該当者で二名残つた内の住重労組員一名についても強い退職勧奨によつて退職させた上、人事の公平を維持し従業員の抱く不公平感を払拭することが会社の再建にとつて不可欠であるとの判断から、債権者を解雇したものであることなどを考えると、本件解雇との間に相当因果関係のある会社の不当労働行為意思を認めるに足りる特段の事情は未だ疎明されていないといわざるをえないので、債権者の不当労働行為の主張は失当である。

五以上の次第であるから、結局本件解雇は有効と認められるので、本件仮処分申請は、被保全権利について疎明がなく、保証をもつて疎明に代えることも相当でないから、主文掲記の仮処分決定を取り消したうえ、右申請を却下することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行宣言につき同法七五六条の二、一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官門野 博 裁判官坂本倫城 裁判官宮本由美子は転補につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官門野 博)

別紙別表一

勇退基準

1 第一類型

次の基準のいずれかに該当するものは、全社一律に全員勇退するものとする。

(1) 年令による基準

大正一二年以前に生まれた者

(2) 社内共稼ぎの社員いずれか一方の者

(3) その他による基準

① 過去五年間(昭和四八年一一月以降)に減給又は出勤停止の懲戒処分を受けたことのある者、但し、改悛の情の著しい者は除く。

② 過去三年間(昭和五〇年一一月一日から昭和五三年一〇月三一日迄)に事故欠勤、無届欠勤が一年につき三日以上もしくは通算六日以上の者、但し、勤怠の状況が著しく改善された者を除く。

(注)  昭和五三年一一月一日以降の欠勤が上記に準ずる者及び遅刻、早退、私用外出の著しい者を含む。

無届欠勤は一日をもつて事故欠勤二日とみなす。

③ 正当な事由なく配置転換、職種変更、出向、転勤に応じられなかつた者、又は正当な理由なく異動先で業務になじめないと申し出のあつた者。

④ 不採算部門で内作不適のため、廃止する職場(鋳造工場木型部門)に所属する者。

⑤ 会社の責によらない何らかの理由により本来の職務もしくは職種の遂行に支障がある者、又は既に同事由により軽作業についている者、但し、本来の職務もしくは職種に復帰可能の者、及び公傷病による者を除く。

⑥ 勤労意欲にかけ、業務に不熱心な者及び勤務成績の不良な者。

2 第二類型

第一類型に定める基準による勇退で各所別目標人員に達しない事業所においては、各所別目標人員に達するまで次の順位により勇退を実施し、目標人員に達した時点で基準の適用を停止する。

(1) 共稼ぎの者で配偶者の収入で生計が維持できる者、及び兼業又は副業があり、もしくは財産の保有など別途の収入があり、退職しても生計が維持できると判断される者、但し、業務上必要な者を除く。

(2) 過去三年間(昭和五〇年一一月一日から昭和五三年一〇月三一日迄)に年次有給休暇及び就業規則所定の休暇以外の欠勤が一年につき五日以上もしくは、通算一〇日以上の者、但し、勤怠の状況が著しく改善された者を除く。

(注)  昭和五三年一一月一日以降の欠勤が上記に準ずる者は含む。

遅刻、早退、私用外出は四回で欠勤一日とみなす。

無届欠勤は、一日をもつて事故欠勤二日とみなす。

病気欠勤者については、その病気が一過性のものであつて、現在既に治癒しており、又は近い状来治癒する見込みが十分にある者を除く。

(3) 大正一三年生まれの者。

3 第三類型

第一類型、第二類型による基準による勇退でなお目標人員に達しない事業所においては次の順位により勇退を実施し、目標人員に達した時点で基準の適用を停止する。

(1) 大正一四年生まれの者。

(2) 〃一五年(昭和元年)生まれの者。

4 適用範囲

上記の勇退基準は出向者にも適用する。

基準による勇退者については会社として就職あつせんに最大の努力を行なう所存であります。

別表二 経営改善計画<省略>

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